鞍馬山防衛戦、開始!
「誰がそんな余計なことをしろと言った。今回あれを呼んだのは、鷹司の行き遅れが余計な口を出したからに過ぎん。所詮、形だけの同盟だ。見ていてわからんかったか」
「そ……それは……」
「余所の支部、しかもよりによって成り上がりに恵んでもらおうなどと、よくも俺の前で言えたな」
藤は呪い殺さんばかりのきつい視線を、美里に向ける。
「その話は二度とするな。資財は他の所から集め、漏れなくしておけ」
美里はただ、その言葉にうなずくことしかできなかった。美里を一度も振り返ることなく、藤が部屋を出て行く。
彼の草履の音が遠ざかっていくのを聞きながら、美里はようやく三千院家の対応の理由を悟った。同盟が見た目だけのものであることも、藤がこう言うであろうことも、向こうはすでに予測していたのだ。
「……どうしよう」
美里は本気で途方にくれた。鷹司や三千院家の人間なら、手の届くところにいる。藤の無体を訴え、土下座して援助を乞うことも、不可能ではない。しかし、美里は動けなかった。
そんなことをしたら、藤が後から何をしてくるかわからない。もう一度あの目で、あの声で、今度はとんでもないことをしでかすかもしれない。
この線は諦めよう。この支部は昔から、そうやっていろいろなものを突っぱねてきたのだ。後はひたすら、民間企業を回るしかない。そこまで考えてから、美里は下を向いたまま、とぼとぼと歩き出した。
☆☆☆
翌日、鞍馬山周辺を人間が取り囲んだ。しかし、こうなることを予測していた妖怪たちは、特にうろたえた様子はない。
「来たぞ、奴ら」
「嬉しいねえ、獲物がいるってのは」
朝の光を浴びながら、やけに元気な大妖たちがはしゃいでいる。疾風は鬼一の側で、体を固くしていた。
「先走りだけはなしでお願いいたしますよ。不安要素が消えたわけではないのですから」
鵺と月影に向かって、鬼一が言う。
「不安要素? 大天狗様が仕切るにしちゃあ、随分なこったねえ」
ふんふんと荒い息を吐きながら、鵺が鬼一をからかう。鬼一はそれには動じず、軽く笑った。
「申し訳ありませんが、戦は常に状況が変わるものですから」
「それはあれか、人間側に新しい部隊が来たってやつか」
蝦蟇の滝蔵がのっそりと這い出してきて、会話に割り込んだ。鵺が露骨に迷惑そうな顔をしても、めげる素振りすら見せない。終いには鵺が折れた。
「……そうだよ。まあ、来たと言っても連隊一つだけどね。なんか偉そうなジジイが指揮官さ」
それを聞いた月影が、あくびをした。
「なんだ、連隊か。増えたと言っても千人単位じゃない」
「それでも侮れない時がありましてね」
鬼一が、山の下を見ながらつぶやいた。
「彼が率いているのは三千人の連隊です。その隊を三つに分けている。ここにいるのはそのうちの一つに過ぎません」
「残りはどこにいったのさ」
「残り二つの連隊にデバイス使いを多く配置。こちらへ合流する援軍の足止めをしています」
「……死に損ないが余計なことを」
疾風は地面を蹴り上げた。すると、飯綱が突然出てきて疾風の髪をかき回す。
「若、大地に当たっても仕方ございませんよ。鬼一、今足止めをしているデバイス使いとやらは強いのですか?」
「いや、数が多い割にはたいした使い手はいない。どうしてかまでは知らんがな」
「僕知ってるよ。ここのお偉いさん、供給元の三千院とすごく仲悪いんだ。だから、いいデバイス使いは回してもらえないの」
月影がニヤニヤ笑いながら言った。さすが天逆毎に近いだけあって、敵の内情にも詳しい。
「……ならば遅かれ早かれ、援軍は囲みを突破するでしょう。我らはそれまで持ちこたえればよいということですね?」
「弱いデバイス使いたちなら、もってせいぜい半日でしょ。それまではま、僕らだけでなんとかしようか」
月影の話を聞いて、鬼一がうなずいた。それから鬼一は、飯綱を見る。
「防御の方はどうなった」
「土壁に鎖、落とし穴に竹槍。古典的な手段は大体そろえてあるが、まだ完璧とは言いがたい。今日の所はあまり踏み込んでほしくないですね」
「防壁を二段構えにする計画はどうなった?」
「結局できたのは一段だけです。向こうが夜になって引いてくれれば追加できる。が、こればかりは始まってみなければわかりません」
「分かった。とりあえず一段で防衛することにしよう。先発隊、七歩蛇たちの準備はいいか」
「全て整っています。もうすぐ、開戦ですね」
「こちらも万全とは言えん。初日をどれだけしのげるかが勝負だな。皆様、頼み申したぞ」
「はいはい、そうなるのが戦ってもんだねえ。はじめはとりあえず、地元妖怪のお手並み拝見といこうかい」
鵺がそう言いながら大きく伸びをした時、上空にいた烏天狗が大きな声をあげた。
「相手の歩兵が動き始めました。各々、ご準備を!」
「始まったね」
鵺が真っ先に舌なめずりをし、爪をとぎ始めた。その間にも、烏天狗の報告は続く。
妖怪たちが陣取る鞍馬山に向かって、まずは三つの連隊が動き出した。その数、およそ四千。増援が遅れているせいで、こちらの戦力は三千ほど。幸い、そんなにきつい戦力差にはならない。自分が暴れる機会は減るが、いいことではあった。
疾風は足踏みしながら、目下の戦支度を見ている。すると、鬼一から声がかかった。
「少し様子を見てきてくれるか」
鬼一の周りについていなければ、という思いがちらりと頭をかすめた。しかし、今は滝蔵も飯綱もいる。戦力としては問題ない。飯綱にかつて言われた「動け」という言葉が、疾風の背中を押した。
「わかった。危なっかしいところがあったら、手伝いをしてもいいか?」
「もちろんだ」
飛び立つ前に、疾風はもう一度鬼一を見た。しかし、鬼一の方はもう鵺と月影にかかりっきりになっている。
「……しっかり頼むぜ、オッサン共」
飯綱と滝蔵に視線を送りながら、疾風は飛び立った。




