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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
その参謀、十三歳
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さあハラワタをえぐり出せ

「バカバカしい」


 怜香れいかの口から出た言葉に衝撃を受けつつも、三輪みわは立ち直った。顔はひきつっていたが、彼女は首を横にふる。


「麻薬ですって? 注射器でも見つけたっての?」

「そんなもの最初からないでしょう。加藤かとうは意気地なしですから、見慣れない注射なんか見たら嫌がって近づかないはずです」


 怜香が残念そうに首をすくめる。三輪は体を前に乗り出し、持っていた煙草を投げ捨てた。


「じゃあ一体どうやって与えたのよ。気化して吸わせた、ってのもなしですからね。そんな時間、どこにもなかったんですから」


 三輪が怒りだしたが、怜香は気にせずゆっくりと話した。


「ちゃんとあるじゃないですか。狸に噛まれた時、彼にあげた痛み止め。あれが、麻薬です。違法に入手したならともかく、医療用のものなら錠剤も貼り薬もありますから。名前をネットで調べれば成分が何かは一発で分かりますけど、あの状況でそんなことをする人はいないでしょう」


 三輪の読み通り、加藤は痛みを抑えようとして飛びついた。それが、破滅への一本道だとも気づかずに。あの時薬をもっとよく見ておけばよかったと怜香は思ったが、今悔やんでも遅いだろう。


「麻薬の摂取では、神経の異常作用により、気分の高揚や陶酔感が起こります。そんな状態で目の前に美味しい餌が差し出されたら、加藤でなくてもひとたまりもなかったでしょうね」

「ちゃんと調べたわね。それは褒めてあげるわ。でも、あんたはひとつ大事なことを忘れてる」


 三輪はぐっと顔を上げて、怜香に指をつきつける。


「あの時、あたしも全く同じ錠剤と貼り薬を使ったわ。もし、それが麻薬だったとしたら。どうしてあたしはピンピンしてたんでしょうね?」


 怜香はぶらぶらと拳銃をもてあそびながら、三輪の話に耳を傾けた。


「錠剤も貼り薬も、あたしは箱やシートの状態で渡しただけだから、意図的に選ばせることはできないわ。どっちも先に選んだのは加藤だから、偽の錠剤を用意しといて自分だけそれを飲む、ってのも無理。一発目で偽物を加藤に選ばれたらどうしようもないしね」

「偽薬でももっておられたのでは」


 怜香がわざと見当違いな答えを言うと、三輪がのけぞって笑った。


「ああ、隠しといた錠剤をこっそり飲んだ、って言いたいの? そんな不審な動きをしたら、あの場にいた誰かが気付いたはずよ。久世さん、それはあなただったかもね」

「そうですね。推理合戦にも疲れたのでもう結論を言います」


 怜香はわざとらしく、三輪の近くに座り込む。自分から三輪にくっつけた膝が、生温かい。


「三輪さん、あなたは面倒くさいことをする必要なんてなかった。堂々と加藤と同じ薬を使えばよかったんですよ。あなた自身が、慢性疼痛まんせいとうつうの患者だから」


 怜香がそう言うと、三輪の膝がついと怜香の反対方向を向いた。


「痛みの神経が過剰に働いている人間は、麻薬を使っても錯乱したり依存したりしないんですよ。だから、医療の分野に限っては麻薬は合法なんです。自分は絶対安全で、相手だけがダメージを被る。理想的な攻撃手段ですね」


 三輪は舌うちして、怜香に背を向けた。怜香は立ち上がって彼女に銃口を向けながら、とどめの一言を放つ。


「証拠もありますよ。加藤に尿検査をさせました。尿中から薬物反応が出れば、もう言い逃れできません。あなたはまさか、普通の痛み止めと麻薬を見分けることもできなかった、とまでは言いませんよね?」


 長い沈黙が場を満たした。短い間に十老けたような疲れた顔になって、三輪が振り向く。


「わかったわよ。認めるわ。あの馬鹿野郎に、確かに麻薬を渡したわ。そこの佐久間さくまに頼まれてね」

「何故こんなことを?」

「あたしももう飽きたのかな。勉強すれば生意気だと言われ、結婚してなければ馬鹿にされ、女だからって出世からはじかれ。もういいかなって思っちゃったのよ」

「おい、三輪くん」


 佐久間があわてて止めに入ったが、三輪は気にせず話し続けた。則本のりもとは何も言えず、首を何回も回すばかりだ。怜香は入口付近に移動しながら、仲間割れを見ていた。


「なによ、もうバレちゃったんだから仕方ないじゃない。あたしは全部しゃべるわよ。あんただけ安全なんて思わないことね」

「僕はそんな」

「加藤をあんなに恨んでたんだから、企みが発覚して悔しいのは分かるけどね。もう、いいんじゃない? この子に白状した方が、楽になれるわよ」


 完全に覚悟を決めたようにきっぱりと言い放つ三輪の顔を、しばらく佐久間は見つめていた。そして、大きなため息をついてから怜香に向き直る。


「僕の負けだ」

「随分大きな賭けをされましたね」


 佐久間が足をくずす。テントの布が引っ張られて、かすかな悲鳴のような音がした。


「最後に一回、無茶をしてからこの世を去りたかったんだよ」

「厭世的になられたもので」

「こんな世の中に未練のある人間の方がおかしいさ」


 佐久間は口元をつりあげて、怜香に向かって同意を求めるように笑う。一緒にするな、と怜香はかちんときたがおくびにも出さなかった。動き出した佐久間の口を止めたくなかったのだ。


「大人しい人だと思っていましたが、意外と辛辣しんらつなことをおっしゃいますね」

「僕の内側はいつもこうだったよ。いつも思っていた。この横に並んでいる奴よりいい研究がしたい、功績をあげたい、出世したい、そしてあわよくば人類史に名を残したい。研究者は朴念仁ぼくねんじんのイメージがあるかもしれないけれど、実際はよほどの負けず嫌いじゃないと生き残れない世界さ」


 怜香は髪をもて遊びながら、佐久間の話につきあってやる。


「昔は十分世の中に執着してらっしゃったのですね」

「昔はね、成功者になった自分も夢見たさ。でも諦めた。僕にはなかった、それを実現するにはあまりにも才能がなさすぎた」

「残念ですが、それは諦めてくださいとしか言いようがありません。無能が出世したいと願うのは罪ですよ」


 これ以上オッサンの自己憐憫じこれんびんポエムが長くなると時間がなくなるので、怜香はわざと挑発的なジャブを放った。佐久間はこれを聞くやいなや、歯をむき出してあっさり挑発に乗ってきた。


「勘違いするなよ、クソガキ」


 


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