作家志望の九分九厘が通る道
中学生になったばかりの遥は悩んでいた。それまではなんとなく、将来はほかの兄弟と同じように軍事産業に従事するのだろうと考えていた。だが、祖父・父にそろって「やめておけ」とばっさり言い切られた。
どうして、と食い下がる気にもなれない。入隊前に受けてみたテストの結果がひどすぎたのだ。
デバイス適性は全くのゼロ。その上体力テストは途中棄権、学科もかろうじて平均よりは上といったところで、優秀などとお世辞にも言えない。他の兄弟たちと比べたら、まさに月とすっぽんだ。
「うちがたまたま足つっこんだのが軍事だったっていうだけでな。適性ないのに無理してやるもんでもない。お前はなりたいもんになればいいんじゃぞ」
巌はそう言ったが、遥にとってはなんだか見限られてしまったようで悔しい。
それに、遥には『なりたいもの』がない。特に好きなこともなければ、とんでもなく嫌いなものもない。体力さえ許せば、大体どんなことでも可も無く不可も無くやれる。が、他の兄弟たちのように寝食忘れて打ち込んだものはない。
(『なりたいもの』なんて言われても困るんだよなあ……)
考えてはみたものの、本当に自分にはなにもないのだ、と思い知らされただけだった。遥は足下の小石を軽く蹴る。
そりゃ自分だって、人生の中で一回くらいは大きな仕事もしてみたいし、他の兄弟から注目されたい。でも、いくら考えてもそんな状況にはなりそうもなかった。
「おや坊ちゃま、そのまま行くと池に落ちますよ」
いきなり背後から声をかけられて、遥は息をのんだ。振り返ると、今日も隙の無いスーツ姿の九丞が立っている。
「ああ、ごめん。ぼーっとしてた」
「何かお困りですか?」
「いや、なんでもない」
進路のことを九丞に愚痴っても仕方無い。遥は軽く頭を下げて、彼の横を通り抜けようとした。
「あれ?」
その時、見慣れない物が目に入った。遥は足を止める。いつも高そうな洋書を抱えている九丞が、今日は日本語の雑誌を持っていた。
「珍しいね、雑誌なんて」
「いえ、最近こういうのが出ていると若い子が教えてくれまして」
九丞はそう言いながら、雑誌を差し出した。オレンジ色の表紙に、白抜きのゴシック文字が並んでいる。
「月刊、公募の全て。へえ、小説の賞に応募する人のための雑誌なの」
遥は九丞から受け取った雑誌を、ぱらぱらとめくってみた。小難しい本なのかと思ったら、『あなたにも一ヶ月あれば書けます』とやたら自信たっぷりな表題がついている。
さらにページが進むと、まずは原稿用紙二~三枚分のエッセイの書き方が紹介されている。そこからさらに短編、長編へとステップアップすればよいと勧められていた。
「結構詳しく書いてあるね」
「坊ちゃまがお好きなら、差し上げますよ。中古なので申し訳ないですが」
「九丞はいいの?」
「それ、先月号なのですよ。私はもう読んでしまいましたから」
それでは、とありがたく雑誌をもらい、遥は自分の部屋に帰ってきた。試しに雑誌の言う通り、軽いエッセイから初めてみる。すると、思っていたよりもすらすら書けた。
いつの間にか遥は夢中になって、ノートを文字で埋めていた。
「お夕飯ですよ」
トヨに後ろから声をかけられて、遥はすくみ上がった。机の上の時計を見ると、書き始めてからゆうに二時間はたっている。
「……今行くよ」
原稿を人に見られるのは気恥ずかしい。遥はあわててノートを机の中に押し込みながら、返事をした。
食事に行っても、遥はぼんやりしていた。早く続きを書きたい一心で、遥は急いで食事を終える。こんなことは珍しいと驚くメイドたちを残して、部屋に帰った。
夕食後もひたすら書き続け、気づけばノートは文字で真っ黒になっている。
(これだけ書けば、短編一本くらいにはなってるかな)
がちがちに固まった肩と手首をもみながら、遥は満足して布団に入った。
次の日も、その次の日も、遥は学校から帰るとすぐに机に向かう。そのかいあってついに長編が書き上がった。遥はそれを、新人賞に送ってみることにした。
とりあえず締め切りが近い中から、一番有名な賞に送る。初投稿でいきなり大賞は無理だろうが、きっと誰かの目にはとまるに違いない。今回の作品には自信がある。
遥は待った。
そして二ヶ月、三ヶ月と時が過ぎた。
さっぱり連絡は来ない。おそるおそる賞のホームページを見てみると、もうとっくに大賞は決まってしまっていた。
「……今回は没、か」
遥はしばらく落ち込んだが、こればかりは仕方無い。きっと審査員の好みに合わなかったのだろう。
そう思って、今度は違う賞に送ってみた。発表まではしばらく時間があるので、次作も書いて別の賞に送った。
待った。さらに待った。
最近はネットで話題になった作品の出版もあると聞いて、響に頼み込んでホームページも作ってもらった。しかし、こちらもさっぱり反応がない。
(もしかして……僕の書いた物ってつまらないのかな?)
何回も壁に当たって、ようやく遥はそう思うようになった。しかし、心の中ではもう一人の自分が激しく声をあげている。
(そんなはずない。ちゃんと仕上げたんだから。きっと作風が独特すぎて、人を選ぶんだ)
自分が悪いのではないかという思いと、いやそんなことはないという叫びが混じって、遥は頭を抱えた。
するとその時、誰かがドアをノックした。




