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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
呪いと祝福の霊都
351/675

襖の奥の女傑

「やあ」


 夕子ゆうこの弟、隼人はやとだった。公家出身にしてはフットワークの軽い人物で、他支部との共同作戦にも積極的に顔をだしている。そのため、あおいとはすでに顔見知りだった。


「お久しぶりです」

「うん。外ではゆっくりともいかないだろうが、せめてうちではくつろいでね」

「お言葉に甘えて」

「隼人、おばあさまは?」

「もう奥で待ってるよ。姉さんたち、楽な格好に着替えたら。案内なら僕がするから」

「そう? じゃあ頼むわね」


 夕子とことは、あっさり提案を受け入れて、左の方へ歩いて行く。あからさまに不満の声をあげる双子をたしなめて、葵は改めて顔を上げる。砂場の南には、さっき見た楕円の池が見えた。


「いいのう、さかながつれて」


 池をまじまじ見ながら、みやこが言う。それを聞いた隼人が笑った。


「いるのは錦鯉くらいだよ。美味しくないと思うな」

「む、そうか。これからはぶりがうまい。いけにはなすがよい」

「あれは海の魚だから」

「うまくいかぬのう」


 末っ子が黙りこむと、一同が声をあげて笑った。それを聞きながら池に背を向けて立つと、建物中央に合計五段の階段が見える。階段には、高欄と呼ばれる三段の横木でできた手すりがついていた。


「じゃあきざはしを登るとしますかね」

「はい、どうぞ。昔の貴人は直接ここに車をつけたりしていたようだけど、今の車では庭の方が傷んでしまうからやらないんだ。自分の足を使おう」


 隼人の後から、葵は階段を上った。目の前には廊下代わりの簀子すのこと呼ばれる細い通路があり、ここにも高欄が張り巡らされていた。


 本当の平安建築であれば、簀子と部屋(間)の間には御簾とよばれるブラインドが降りているのだが、さすがに今は上がっている。


「風通しは良さそうだな」

「うん。でもこの家、冬が寒くてねえ。一応床暖房は入れてあるんだけど」


 こぼしながら、隼人は奥へ進んでいく。簀子と部屋の間には、ひさしと呼ばれる細長い空間がある。昔はここに畳を持ってきて、部屋として使うこともあったようだ。


 葵はさらに一段、段を上がる。建物の南側、中央一間の部屋がある。畳が二畳分しいてあったが、今は誰もおらずがらんとしていた。


「おばあさまはさらに奥、昼の御座にいるよ。どうぞ」


 母屋の部屋、東側の柱三間分の空間を、昼の御座という。なにをするにもいちいち仰々しい名前がつくところだ、と思いながら葵は足を進めた。


 御座に入るとすぐ、華やかな屏風が目についた。松と海がゆったり描かれ、黒い外枠で囲まれているにもかかわらず、その奥になにかありそうなゆかしさがある。障子にも同じ絵柄が描かれているので、いっそうそう思えるのだろう。


 屏風の前に、一畳だけ畳が置いてあり、あとは板間になっている。その畳の上の脇息にもたれかかるようにして、老女が座っていた。


 老婆は一瞬目を疑うほど小柄だった。身長はどう見積もっても百三十センチ以下だろう。彼女は真っ白な髪をお団子にして一つにまとめ、品の良い藤色の着物を着ている。


 部屋に入ってきた一同を見て、老婆が薄く笑う。これが鷹司たかつかさ家現当主、鷹司まつりだろう。噂に違わず、すごみのある女傑だった。


 葵がどう声をかけようか迷っているうちに、巌がずかずかと前へ出てきた。


「……よう、たかのん」

「畳の縁を踏むんじゃないよ」

「……五十年前から変わらんな」

「あんたもちっとも変わゲフガフッ」


 突然まつりが激しく咳き込み、芋虫のように体を丸めた。一気に室内に緊張感が漂う。しかし数分後、彼女は何事もなかったかのように起き上がってきた。


「今回は早かったですね」


 慣れた手つきで茶を差し出しながら、隼人が言う。


「客の前でおちおち死ねるかい」

「……たかのんのそれ、久しぶりに見たな」

「歳をとってさらに磨きがかかったね」

「磨きがかかったっつーより、本当に死にそうに見えるだけじゃろ」

「うっさいね。あんたもあたしもどうせ棺桶に片足つっこんでんだよ」


 老人二人は寿命を肴に話をしているが、周囲は静かに引いている。本人たちはいいのだろうが、若手は笑うに笑えない。


「おばあさま、今よろしいですか?」


 いわお以外の人間が困っていると、ふすまの向こうから夕子の声がした。


「なんだい」


 まつりがようやく不謹慎な冗談をやめて、頭を上げた。


「お夕食が届きましたけれども、もういらっしゃいますか?」

「ああ……冷めてもなんだね。食べるとしようか。イワ、頼まれてたことは夜にするよ」

「おおせのままに」

「よし決まっゴフッ」

「あっまた白目」


 終盤、またまつりが体調を崩したものの、葵たちはなんとか無事に対談を終えた。末っ子たちが作法のことで怒られることもなく、葵は胸をなでおろした。


 夕食が楽しみで仕方ない都と、給仕のお姉さんが楽しみで仕方ない双子、それに夕子が廊下の先頭を歩く。巌とまつり、はるかがその少し後ろをついていった。葵が最後尾をとろとろ歩いていると、たけるがすっと横に並んだ。


「さっき、まつり婆さんが言ってた『頼まれてたこと』ってなんだろうな」

「知らん」

「お前も聞いてないのか。軍関係の話なら必ずそっちを通すだろうし、何だろうな」

「なにか個人的な頼み事じゃないか?」

「気になるな」


 それから少し葵と猛で考えてみたが、結局わからなかった。巌にカマをかけてみても、全てかわされる。


「わかんねえままか。……これ以上しつこくするわけにもいかんし、仕方ないな」


 猛がぽつりとこぼす。葵も同じ思いでうなずいた。


また趣味です。

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