抜刀せし幼女
「誰の目の前ボサッと通っとんじゃこのウマヅラハギがとっとと地面に這いつくばらんかボケッ」
このだみ声、品のない言葉のセンス、息継ぎ無しで長文を言い切る無駄な肺活量。思い当たる人物は一人しかいない。二度と会いたくないと思っていた相手に限って、あっさり会うものだ。
「……淀屋か」
「アレは一回聞いたら忘れんのう」
巌も頭をかかえている。葵が外を見ると、しなびた老人がいた。派手な飾り石が無数にくっついた黄金の車椅子に乗って、しきりにカップルに向かっていきまいている。椅子が無駄に豪華なため、その上の本人が一層みすぼらしく見えるのだが、淀屋は気づいていないようだ。
あまりの罵声の連続に、淀屋の目の前にいたカップルがそそくさと去って行く。気の毒に。葵は彼らに向かって手を合わせる。
「お」
黙って見ていたにもかかわらず、淀屋が葵を見つけて声をあげた。死に損いのくせに余計なことを。
「ボンクラども、そろそろのたれ死ぬんで棺桶でも買いにきたんか」
「そういうお前はわざわざここまで喧嘩売りにきたのか? 大阪ではもう哀れなジジイの妄言につきあう義理はないと見捨てられたらしいな」
「ぬかせ。お前らこそ、いっつもゾロゾロつるんでばっかりで鬱陶しいわ。無駄にデカいジジイの面も見飽きた見飽きた。荼毘に付す時金かかるやろな」
「じいじはむだではない」
幼女の声がして、葵は下を見た。トイレから戻ってきていた都が、フグのように両頬をふくらませている。都は相当怒っているらしく、デバイスの刀片手にのしのしと淀屋の前までやってきた。
「あやまれ」
「……嫌なこった」
下から幼児にねめつけられても、淀屋はふてぶてしい態度を崩さない。しっしっとハエでも払うように手を振った。
「あーやーまーれー」
「嫌やっつっとるやろ。ガキはとっとと帰ってオッパイでも吸え。おいクソジジイ、お前もとっととその無駄飯食らいのぼた臭い体をどっかへしまって消えさらせ」
淀屋は都を追い払うつもりで言ったのだろうが、完全に逆効果だった。この一言を聞くや否や、ゆらっと彼女の全身から殺気がたちこめる。
葵が止める暇もなく、都はデバイスに手をかけていた。そのまま刀を抜き、目にも止まらぬ速さで振り抜く。
一瞬の静寂のあと、音をたてて淀屋の椅子の車輪が外れた。切り離された車輪は力なく転がり、少し離れた地面に倒れる。片輪を失って椅子ごと傾いている淀屋に、都が冷たい視線をぶつけた。
「……つぎはくびじゃ」
淀屋の目線が、地べたに転がった車輪と、目の前の幼児を行ったり来たりした。
「……お、おう」
「へんじは」
「はい。すいません」
淀屋からそれだけ聞くと、都はくるりと淀屋に背を向けた。抜き身の刀を持ったまま、葵たちのところへ戻ってくる。
「おかえり」
「……ただいまじゃ」
鬼のような顔をしたまま、都は刀を収める。とりあえず都をこれ以上刺激させてはまずいと、一同は淀屋から離れ、車まで戻ってきた。
都は次第に泣きそうな顔になっていった。外ではデバイスを使ってはいけない、とさんざんみんなに言われていたことを思い出したのだろう。間違ったことをしたとは思っていないが、怒られるだろうなと思っているらしい。
「都、こっち来い」
「う゛ぇ」
巌に呼ばれると、都の涙腺はたやすく崩壊した。巌の首筋にしがみついてわんわん泣いている。末孫の頭をなでながら、巌が口を開いた。
「おーおー、よしよし。都、まだ街の中ではデバイスを使っちゃいかん、とじいじに約束したなあ。都は良い子なのに似合わんぞ」
「だっで」
「淀屋のことなら気にせんでええ。ああいうのはどこにでもおるもんじゃ、どうせ言うだけで何もできやせん、な。都の気持ちはよーくわかったから、今度からはするでないぞ」
「う゛ん」
まだしゃくりあげてはいるが、ようやく都が落ち着いてきた。葵はそこで声をかける。
「都、淀屋みたいなのには刀を振るより、根回しして嫌がらせした方が効くからな。後で謀略について教えてやろう。気が済むまで復讐するがいい」
「にーに、やくそくじゃぞ」
話が一段落するのを待っていたのだろう、ここで琴と夕子が口をはさんだ。
「……とんだ騒ぎになってしまったな」
「違うところに止めればよかったですね」
葵は急いで、二人に向かって手を振る。
「そちらのせいではないです。騒ぎ立ててご迷惑をおかけしました」
「わたくしたちは迷惑ではありませんよ。あれだけ好いてもらえれば、おじいさまとしては本望でしょうね」
「昔からジジイコンプレックスで。いきなり刀を抜くとは思いませんでしたが。おとなしく見えても、根っこには三千院の血がある。今後はうまく使いこなせるようにしないと」
「使うな、とは言わんのだな」
「やりようによっては役に立つ。軍人一家なら余計に」
「確かに」
「それでは皆様、嫌なことも終わったようですし、うちへいらしてください。今夜はお口に合うものを取り寄せますから」
飯の気配を感じた都が、途端に顔をほころばせる。今泣いた子がもう笑った、とはこのことだ。良い雰囲気が続いているうちに、一同は車に乗り込んだ。
☆☆☆
車は賀茂川に沿って進む。昔の都中心部からは少し離れたところまできたとき、川と川が交差した間にできる三角州が見えてきた。ここはもともと高級住宅地であり、ゆったりとした庭がついた大きな家が川に沿って並んでいる。末っ子三人は、勝手に夕子の家を想像して楽しみ始めた。
「どれかのう。あのおいけのおうちかの」
「あの洋館じゃないかな」
「僕はあの瓦のお屋敷だと思う」
しかし彼らの予想はことごとく外れた。車は三人が予想した家には止まらず、ひたすら前に進む。
「うう」
「なんだ」
「つまんないね」
「すみません……」
「しつけが行き届かなくて」
勝手なことを言う子供たちの代わりに、猛と遥がしきりに頭を下げている。その様子を見た夕子が、気にしないでといなした。




