蝦蟇たちの挽歌
疾風の声を聞いた球体が、ゆっくりと動き出した。それは、てらてらと光る緑色の肌の、小山ほどもある蝦蟇だった。蝦蟇の大きな黒い目が、ぐるりと回って疾風をとらえる。
「……この俺を知らねえたあ、お前は余所モンか? 京の都の夜といや、口を開けばなんでも溶かし、遮るモノは踏みつぶす、大蝦蟇の滝蔵様を外しちゃあ語れねえだろうよ」
やけに自信たっぷりな蝦蟇だったが、あいにく疾風はとんとその名を聞いた覚えがない。父や他の大妖たちは知っているのだろうか。疾風は彼らの方を見た。
「……お二方、ご存じですか」
「僕は知らないよ。鵺が呼んだの?」
「あたしだって知らないよ、こんなの」
なんと、三体そろって首を横に振った。どうやらこの蝦蟇、呼んでもないのに勝手に来たらしい。
「…………」
「…………」
「…………」
立場も思惑も違えど、〝一体どうすんだこいつ〟という思いは皆共通らしい。目を合わせたまま、大妖怪三体はしばし固まっていた。疾風が息をのんで見守っていると、木陰から小さなつぶやきが聞こえてきた。
「だからダメだって言ったのにね」
「親分、出だしは良かったのになあ」
「大妖三体じゃしまりがねえ、やっぱり四天王じゃなきゃいけねえ、とか言ってもさ。全然相手にされてないんじゃどうしようもないよ」
ぴーちくぱーちくよく喋る。疾風は呆れながら、声のする方へ近づいていった。
「おい」
声をかけながら、疾風は茂みをかき分ける。そこには、普通のカエルを十倍に大きくしたような小蝦蟇たちがたむろしていた。その数、数十匹。彼らは石や木に寄りかかって、めいめい好きにくつろいでいる。
「おい」
「四天王ってそもそもなに?」
「なんかすごい実力のが、四つ集まればそうなる。人間の言葉。でもひとつは、残念なやつが入ってないといけないらしいよ」
「そんなら三天王でよくない」
「響きがよくないや」
「聞けよ」
疾風が何度か声をかけても、反応は同じ。小蝦蟇たちは自分たちで喋ってばかりで、一向にこちらに気づく様子はない。だんだん腹が立ってきた。
「一体何しに来たんだてめえらっ」
「きゃあっ」
疾風が怒鳴ると、小蝦蟇たちは文字通り飛び上がった。それから全員、白い腹を上にしてころりころりと横になる。
「死んでます」
「みんな死んでます」
「死んだ奴がしゃべるか。早く起きねえと本当に腹かっさばくぞ」
小蝦蟇たちをねめつけながら、疾風は刀を抜く。すると、彼らが次々起き上がってきた。そこでようやく、蝦蟇たちがどうしてここにいるのか聞き出すことができた。
元々彼らは北陸の方にいた。が、他の妖怪との縄張り争いに飽きた親分にくっついて、関西まで流れてきたのだという。
「まあ、よくある田舎ものの話っすわ」
自分たちの話だというのに、小蝦蟇たちは淡々としている。
「こっちに来たはいいけど、何か聞こえた名があるわけじゃねえし。うまくいかねえことが多くて」
「だからってさ、こんなことに首つっこまなくても」
「お前が悪いんだぞ。鞍馬で鵺を見たなんて、親分に言うから」
「だってまさか、『俺も行く』なんて言うほど馬鹿だとは思わねえもんよ」
「親分は馬鹿なんだよ」
「口はくさいし」
「女にゃもてないし」
「……よし、事情はよくわかった」
会話が徐々に、説明からただの罵倒になったので、疾風は止めた。父たちのところへ戻り、聞いたことを簡単にまとめて話す。
「全く、単なる野次馬かい。はた迷惑な」
「帰ってもらおっか。嫌って言ったら、首と胴体バラバラで帰ることになるけど」
案の定、鵺と月影が面白くなさそうな顔をする。父だけが、全く表情を変えないまま口を開いた。
「……少しだけ、いていただいてもいいのではないでしょうか」
父が言うと、残りの二体が一斉に目を大きく見開く。蝦蟇の親分、滝蔵だけが、意外な申し出に気を良くして、ぷくりと体を膨らませた。
「え、そう? やっぱり俺、必要?」
「ええ。しばしあちらの堂でお待ちいただけますか? 我らは少し下働きがありますゆえ、後から参ります」
「お、悪いねえ。おめえら、行くぞ」
滝蔵はこの上なく嬉しそうな声で、子分たちに号令をかける。茂みから「え?」「いいの?」「食われないかな」とかしましい声がして、小蝦蟇たちが飛び出してきた。
「……で、どういうハラだい。考えてませんなんて言ったら、あんたの体がどうなるか分かってるんだろうね」
彼らがすっかりお堂の中へ移動してから、鵺がすごんだ。月影も鵺と同じ事を考えているらしい。自分の背丈ほどある斧を構えて、戦闘態勢だ。
疾風の背中に寒気が走った。しかし、父はしれっとした顔のまま、返事をする。
「お二方には縁のない地方の事情なのですが。この土地には、まあいろいろな妖怪がいて、雑多な思惑をもって生きております。無論、たいていは箸にも棒にもかからぬつまらない妖怪ですよ。しかし、こういうところで悪い噂を流されると、後が困るのです。追い出されたのを根に持って、この地でつまらぬ悪評を広められることは、現状を考えると避けとうございます。もちろん計画の骨子まで話しはしませんが、顔をたててやる配慮くらいは必要かと」
父が話し終わった。鵺と月影は、互いにじっと見つめあっている。父が強いのは身にしみているし、疾風も入念に鍛錬をしている。それでも、京都どころか日本中に名の知れた大妖たちを敵に回していると思うと、気が遠くなりそうだった。
秋の虫たちも立ちこめる不穏な空気を感じるのか、ぴたりと鳴かなくなった。




