末っ子三人、作法を学ぶ
「ほう」
時刻はすでに、夜の十一時を回っていた。鷹司の家で、葵はようやくあがってきた戦況報告を呼んでいる。読み終わったところで、軽くうなった。
「にいに、うれしいのか、かなしいのかどっちじゃ」
双子はもう眠っている。しかし、起きてしまった都が、しきりに服の裾を引っ張ってくる。
葵は表情も動かないし、声にも出さないから苛々したのだろう。六歳児でも、味方が勝ったか負けたかは気になるらしい。
「……嬉しくも悲しくもないな」
葵はぼきぼきと指の関節を鳴らしながら答えた。手元をうろうろしていた神虫が、ぱっと飛び立つ。室内で無駄話をしていた巌と猛の声が、ぴたっと止んだ。
「では、どうしたというのじゃ」
肝の太い六歳児だけが、山盛りの八つ橋をつまみながら聞いてきた。
「自分でも近年にないほど、怒っている」
報告書を机に規則正しく叩きつけながら、葵は唇をかんだ。
「一丞、二丞。九丞に連絡を頼む。それと本部を動かす。榊事務次官に連絡を。奴らが泣いて後悔するほど、徹底的にしめ上げてやる」
「は、はい」
「かしこまりました」
一丞・二丞が走り去った。猛と遥は顔を見合わせ、巌と都は「怒っとるのう」「のう」と会話を交わし合う。
その横で、じっと葵は腕を組む。自分ではかなり厳しくしたと思っている。しかし、後にもっと激烈な処理をすることになるとは、この時の葵には予測できなかった。
☆☆☆
葵たちが京都に行くと決まったのは、数日前の昼下がりのことだった。そのための準備が、急いで進められる。末っ子たちは浮き立ち、自分たちなりに何かしようとしていた。
「では、たのしいきょうとりょこうについてせつめいをはじめる」
「質問、おやつはいくらまでですか!」
「ううむ、むずかしい」
「……もっとまじめにやったほうがいいと思うけど」
「りょうにいに、これはこのうえなくかんじんなところじゃ」
十人も兄弟がいると、上と下ではだいぶ年齢差がある。葵は十六になったが、下の三人はまだ十一と六歳だ。なにやら集まってわちゃわちゃ話しているだけで、微笑ましい。
葵が熱中している子供たちの背中をしばらく見ていると、末っ子が唐突に立ち上がった。丸まっちい背中を伸ばし。とことこと葵に歩み寄ってくる。
「にいに、これでよろしゅうたのむ」
末っ子の都の手には、A4サイズの学習帳が握られていた。差し出されたそれを葵がめくってみると、ひらがなでびっしり菓子の名前が書き連ねてある。大福とチョコレートはよっぽど大事なのか、二回重複していた。丁寧にそれを読んでから、葵は口を開く。
「……用意はしてもらえると思うが、遊びに行くんじゃないぞ。京都支部からの応援要請だぞ。わかってるな」
「うむ」
末っ子の返事はとてもいい。が、そのすぐ後に「うめこんぶをわすれた」と言って葵の手からノートを奪っていったところを見ると、いまいち理解が浅いようだ。両親が年をとってからできた三人は、甘やかされて育ったせいでどうにものほほんとしている。
「あのな」
「準備はできたかの」
葵がたしなめようと口を開いたとき、洋室の扉が開いた。そこから亀のように、のろのろと巨大な老人の首が出てくる。
「じいじ」
めざとく老人を見つけた都が、巨体めがけて走り寄った。
「おやつがきまった」
「そうかそうか」
相好を崩す老人――祖父の巌――に向かって、葵は殺気を放った。お前はなんのために来た、と無言の圧力をかけてやる。巌は都に見えないように、ぺろっと舌を出した。
「あ、ごりらのまーちをわすれておった」
「都、それはじいじが書いとくから、明日のお作法をもっぺん見せとくれ」
「もうなんどもやったではないか」
「じいじ見たいー」
「しかたないのう」
なんとか、巌は末っ子が納得するところまでうまいこと持って行った。
今回招いてくれた鷹司の大ばばさまは、礼儀にうるさいと聞いた。子供といえども、最低限の所作ができないと、かみつかれる恐れがある。一つ安堵のため息をついてから、葵は双子の方に目をやる。
「で、そっちはどうだ」
「できてるよ」
「僕もできた」
「なんなら試してもいいよ」
龍と涼、双子たちはそろって胸を張る。葵は、ならやってみろと声をかけた。二人はきれいなお辞儀に始まり、入室の所作、部屋に入ってからの座布団への座り方など、一通りそつなくこなした。葵はかなり点を厳しめに見ていたが、それでも合格といってよかった。
「よし、できてる」
葵は双子の頭をなでてやる。二人ともおとなしくなでられていたが、葵が手を離すときにはそろって口を尖らせていた。
「どうした」
「……同じなでられるなら、きれいなお姉さんの方が嬉しいなって思った」
「右に同じ」
「ませやがって」
葵が言い返しても、双子は悪びれない。
「男はみんなそうだもん。な、涼」
「うん。お姉さんたちは優しい」
よくしゃべる方、兄の龍が主張すると、弟の涼もうなずいた。この兄弟、女好きなのはもちろんだが、普段から女性たちによくモテている。子供だからかわいがられているという類いの話ではなく、魔性的に異性を引きつけるのだ。受けた告白の数は、二人合わせると軽く百回を越える。




