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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
いつも心に英雄を
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森を歩けば黄金の国

「なんだ?」


 要人が多く訪れることもあり、常にきちんと清掃が行われているホワイトハウスでこんなことは皆無といっていい。ヘンリーが首をひねっているうちに、爆発物か盗聴器かと気をもんだ護衛が素早く小片をつまみあげた。


「紙か?」

「折り鶴ですね」


 ヘンリーは記憶を掘り起こした。確か日本の一部で遊ばれている、一枚の紙からいろいろな形を作り出す遊びだ。ホワイトハウスでたしなむものもいないし、最近日本の高官を招いた記憶もない。いったいどうしたのだろうとヘンリーは首をひねった。


「捨てておきますか」


 護衛が聞いてくる。ヘンリーも鶴に触ってみたが、素材はただの紙らしい。特に大事なものでもなかろう。ヘンリーは首を縦に振った。


 次の瞬間、くにゃりと地面がゆがんだ。見慣れたホワイトハウスの廊下が、あっという間に闇の向こうに消える。立っていられないほどの強いめまいを感じ、ヘンリーはその場に倒れ込んだ。


 どれくらい意識を失っていたのだろう。ヘンリーが再び目を開いた時、護衛一人と国務長官の姿が目に入った。が、ほかの人員は根こそぎ自分の周りから消えている。夢だとしても、不吉なことだとヘンリーは肩をすくめた。


 ヘンリーたちのいるあたりはやたら暗く、じめじめしている森の中だった。道にはぼこぼこと木の根が露出し、傍らの岩にはびっしり苔が生えて緑色になっている。どう考えても、ホワイトハウスの近くではなさそうだった。


 イメージづくりのためにしつらえたオーダーメイドのスーツに水滴がにじみ、肌が冷えてきた。ヘンリーは顔をしかめる。


「いったいどういうことだ? 誰か私を車にでも乗せたのかね」

「私ではありませんよ」

「私も違います。第一、そんなことをするためにはもう少しお痩せになっていただかなくては」


 愚痴まじりにヘンリーがつぶやくと、気心の知れた国務長官と護衛が平然と言い返してきた。むかっ腹がたったが、このくらい余裕があらねば閣僚クラスの人間とはつき合えまい。


 ヘンリーは深呼吸して気をまぎらわせ、とりあえず外と連絡がとれないか試してみろ、と二人に指示を出した。その間に、ヘンリーはあたりを見回した。獣道でも見つかるかと思ったが、目の前に広がる森は完全に人間を拒絶していた。


「さすが落ち着いておられる」


 ふと森の中から老婆の声が聞こえた。完全におとぎ話の世界だな、とヘンリーはひとりごちる。ひどくしわくちゃで醜い顔をしたその老婆は、いかにもな魔女を思わせた。


「この森の方か? 私には仕事があるので、ホワイトハウスに帰らせていただけると助かるのだが」


 ヘンリーは丁重に老婆に話しかけた。この無駄な滞在で溜まってしまう仕事の量を考えると、胸ぐら掴んで引きずってもよいくらいだが、いきなりそんなことをしては取り返しがつかない。もし老婆が森の案内人だった場合、怒らせるとどんな目にあうかわからないではないか。


「まあ、ゆるりとしておいでなさい。任につかれて以来、腰が落ち着く暇もなかったでしょう。ここはどうせ夢の中。時間などという野暮なものはありませぬ」


 老婆に言われて、ヘンリーは半信半疑で腕時計を見た。確かに、時計の秒針がぴったりと止まっている。


「大統領、やはり無線も電話も無理ですね」

「……わかった。ならこちらに来なさい」


 ヘンリーはほかの二人を呼び寄せ、時計を確認させる。結果は二人ともヘンリーと同じだった。ますます不気味だ。ここはどこで、老婆は一体何者なのだろう。


「あなたは一体……」

「くくく、そろそろ名乗りましょうか。私は天逆毎あまのざこ、日の本の国から参りました。あなたをお呼びしたのも私です。今後ともどうぞよろしく」


 おそるおそる聞いたヘンリーに向かって、名乗りを上げた老婆がにやにや笑いながら手を差し出す。その尊大さに苛立ったヘンリーは、老婆の手を握るか少し考えた。


「早く決断なされよ。でなくば、正気のままでは帰れなくなりますぞ」


 ためらうヘンリーに天逆毎が言う。そのすぐ後に、ぐいと彼女の鼻が伸びた。人間に近かった顔が、どんどん象の顔に変わっていく。


 目の前の光景は滑稽なはずなのに、ヘンリーは笑うことすらできなかった。この姿をあざ笑ったときが貴様の首が飛ぶときだ、と天逆毎が無言の圧力をかけてきているのがよくわかる。


 厄介な相手であることは間違いなかった。しぶしぶ、大統領は相手の差し出した手を握る。どうせ夢の中の話だ、現実世界に影響はあるまい。


「よろしい。では立ち話もなんですな。お入りください」


 天逆毎がぱちりと指をならすと、目の前に粗末な木小屋が現れた。先導されるがままに三人が入り口をくぐると、なんと中の部屋は金色に染まっていた。壁紙、床、家具、そしてテーブルに載っているリンゴまですべて金製品で、怪しく輝いている。


「まあ、昔は黄金の国と呼ばれたこともありましたので、こういう趣向も面白かろうと。少し悪趣味がすぎましたかな」


 天逆毎は、また意地の悪い笑みを浮かべた。ヘンリーは仕方なく首を横に振り、近くにあった椅子に腰掛けた。ひやりとした金属の感触が尻に伝わってきて、思わず身震いをする。



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