天狗の誇り
「それにしても隼人、おまえの札はすごいな」
すらりとした眼鏡姿の男が、札を配っている小柄な男に笑いかけた。隼人と呼ばれた男が、目を見開く。
「普段の僕はできないよ?」
「あれだけ防火の札使うとったやんけ」
「瞬間的な炎は防げるけどね、じわじわ周りの気温が上がってるのはどうしようもないんだ」
隼人がにこにこ笑いながら手の内を明かす。今度は眼鏡男が顔をひきつらせて後ずさった。
「……今回の作戦、実はザルか? あの坊、それを知らんのと違うか」
「まさか。彼がそんなことをするわけがない。ちゃんと熱は防ぐよ」
「どういう仕組みや」
「彼しか知らないよ。大事なことだから今は教えないってさ」
なんの話をしているだろう、と浩然が思いかけたところで、紅花が泣き出した。人間たちの会話にちょっと後ろ髪を引かれながらも、浩然は立ち上がって妹をなだめにいくことにした。
☆☆☆
好きにやれ、と言われることほど要の心が浮き立つことはない。集団から離れてぐんと高く飛び上がり、一直線に熱源の中央を目指した。次第に暑くなり、汗が流れる。
はて、葵に聞いていたのと違う、と要は首をひねった。
「おい、暑くなってきたぞ」
「張り直してだめならもう一回連絡しろ」
葵に文句を言うと、そっけなくこう言われただけだった。よほど自信があるらしい。仕方なく要は札をひっぺがし、今度は入念に貼り付けた。次の瞬間、一気に体が冷えた。
「いけたいけた。張り方が甘かったみたいだ」
「驚かすな。ほんとにだめだったら全員撤退させなきゃならんところだぞ」
「悪いなー」
からからと笑うと、葵は無言のまま無線を切った。相変わらず愛想はないが、昔よりもの言いがうまくなった。昔の葵なら「張り直して」などという相手のメンツをたてる言い方をせず、「おまえのやり方が悪い」と直で言っただろう。
弟たちも日々、成長している。自分は次期当主として、その先をいかなければならない。そう思いながら、要はぐんと飛ぶスピードをあげた。
「お」
要の視界に、人影が見えた。さらに近寄ってみると、砂漠の中央、熱で砂以外の物体はぐにゃりと曲がる地獄の釜の中に、一人の女がたたずんでいた。女はまだ要に気づいておらず、いらいらした顔で右手の爪をかんでいる。
要は一気に宙を蹴り、降下した。女の鼻筋、そこに全力を込めて蹴りをたたき込む。
「!」
魃の全身がぐらりと揺れる。要はもう一度、胸元に蹴りをみまった。魃がようやく戦闘態勢に入る。要は相手が身構えたのを見て、距離をとった。
「貴様は誰だ!」
ひしゃげた夜叉のような顔で女が叫ぶ。要の後ろで、聞き慣れた羽ばたきの音がした。味方もようやく追いついてきたようだ。なら、本格的に始めてもかまうまい。
要は目の前の敵に集中した。魃が大きくうねり、要の目の前から消える。自分のちょうど後ろに魃が回り込んでいるのが、気配でわかった。
(くる)
今まで何千何万と繰り返した戦闘。それによってできた勘が、相手が動いた瞬間を正確に伝えてきた。要は勢いよく振り向いて、魃の腕に自分の腕を押しつける。鋭い爪が、要からそれた。
すかさず要は相手の顎めがけて、強い電撃まじりの肘打ちをたたきこむ。がつん、という鈍い音とともに、魃の頭が大きくのけぞった。魃の体がぐらりと傾いたところで、要は足をひっかけて倒す。
地上でないので相手が倒れた衝撃は弱くなるが、その分は電撃でカバーする。そう決めた要は、魃の鋭い爪を左手で押さえ込んだまま、胴体に膝蹴りを入れる。完全に要が魃の上にのる形になった。
ぐっと拳を握る。拳に電撃が集まり、青くはぜた。
「じゃあな!」
要は魃の顔面に拳をたたきこんだ。一斉に雷撃が頭に集まり、じゅう、という焦げ臭いにおいがただよう。美しかった魃の顔は見る影もなく消し炭になり、首なし死体がふわふわと空中を舞うという奇妙な絵がそこにあった。
「ん?」
「どうした、姉貴」
普段なら倒してしまった相手にはさっさと興味を失う要だったが、魃相手にはどうもそういう気分になれなかった。いったいどういうことかわからない。葵と違って、理論立てて説明するのが嫌いな要はうまく言葉にできなかった。
「いや、まだこいつ……」
要が言い終わらないうちに、ばりっと音をたてて魃の背中が裂けた。そこから、奇妙な獣がはいだしてくる。手足が各一本ずつしかなく、やたらとアンバランスな印象を受ける、細長い妖怪だ。さっきまでの美しさはどこへやら、瞼のないぎらぎらした目がこちらを一瞬にらみすえた。
「この借りは返すぞ」
魃はそう言い放ち、一直線に飛びたった。手足がないのに、風にのったように早い。
(しまった、今の加速装置の出力じゃ追いつくのは無理だな)
要が無線で、ほかのデバイス使いに迎撃を頼もうとしたその時。黒い疾風が、その場を駆け抜けた。あっという間に魃の前に回り込み、袈裟懸けに獣の体を切り払う。
「だ、だれだ貴様は!!」
血塗れになりながら魃がわめいた。その間にも、烏天狗たちがどんどん彼女の周りを取り囲む。あっと言う間に、黒い防壁が空の上にできあがった。
「さっきてめえが鉄砲玉にした子供の身内だよ」
「あ……」
魃の体がぎくりとこわばった。疾風が額に青筋をたてながら、ひゅんと刀を振る。
「あの子がずいぶん世話になったな。……天狗族に、空で勝てると思うなよ!!」
言い終わるや否や、疾風が駆けた。突きの構えのまま魃に向かって突進し、ぐさりと魃の体に日本刀をつきたてる。魃がかん高い悲鳴をあげたが、疾風はかまわず刀を押し込み串刺しにした。




