少女・無双
「……いや、それだけとも言い切れん。なんせ、あっという間にテロリスト四人をたたきのめした腕前だ」
「俺もそれくらいなら」
「おい、七歳の女の子が、完全武装した大の男四人相手だぞ」
「ぐえ」
軽薄な男が、飲んでいたコーラを喉につまらせた。
「そんな話があるかよ。またマイクの野郎にかつがれたんじゃねえの」
「残念ながら、俺はその現場にいた。そしてこの目で見ている。あれは、本物だ。俺でも、一対一でやったら負けるかもしれん」
中尉が聞き捨てならないことを口にした。要は扉を大きく開け、体を部屋の中にすべりこませる。
「負けるかも……じゃなくて、おっさん相手ならあたしが勝つぞ」
要は腕組みをしながら言った。軽薄な男がきゃっと言って三センチほど飛び上がる。中尉も目を見開いた。
「い、いつからそこにいた」
「初めから。ドア開いてたんで」
要が言うと、中尉がぎろりと軽薄な男をにらみつけた。
「だからいつもきちんと閉めておけと言ったろうが」
軽薄な男は、懲りた様子もなく黙って舌を出した。
「立ち聞きも悪いかなと思ったけど、まああたしの話みたいだしいいかって」
「ずいぶんちっこいのに気がつええなあ。でも、このおじさんほんとに強いんだぜ?」
「弱いとは思わねえが、あたしよりは下」
要は大まじめに言ったが、軽薄そうな男は本気にせずにへらへら笑うばかりだった。そして部屋の中にあったドーナツをよこす。子供扱いしやがって、と要は毒づきながらドーナツをかじった。
「おい、マックス。この嬢ちゃんと一回勝負してみろよ。恨みっこなしでな」
やたら固いドーナツを要が噛み砕いている間に、軽薄な男が言う。
「……お前に心配されなくても、必要とされる時が来れば手加減なしでいく」
硬い表情を崩さないまま、中尉が言った。言うじゃねえの、マックス・ヴァンダービルト中尉。そう思って要がにやりと笑ったところで、部屋のドアが大きくノックされた。
「あの、ここに要がお邪魔していま……いた」
娘の姿を確認して深い息を吐く昴と、この前挨拶したばかりの基地司令官がドアの向こうに並んでいた。要は父に向かって手を振ってやる。
「ふぉうおひゃじ」
「ドーナツを食べながらしゃべるな。いつもらったんだ」
「しょこのおっしゃん」
要が軽薄そうな男を指差す。昴がひどくすまなそうに礼を言った。
「いいんすよ。俺子供好きなんで」
「本当にもう……」
「うまかった。ありがとなおっさん」
要が手を振ると、軽薄男がオーバーリアクションで手を振りかえしてきた。子供好きは本当らしい。
「食べるのはもう済んだかね。実戦訓練の用意もしたのだが」
むっつりした司令官が、要に向かって口を開く。要は手についた砂糖をなめて立ち上がった。
「今行く」
やっと待ちに待った戦闘訓練だ。要の心は躍った。ここに着いたときにちらりと兵士たちを観察したところ、なかなか良さそうな奴が何人かいた。日本では敵なしになってしまった要にとって、未知の相手は非常にありがたい。
司令官の後に続いて、だだっ広い基地を横切る。レストランと病院の横を抜けて、広い訓練施設に入った。
要の正面には、日本の小学校の体育館そっくりの一部屋があった。ただし体育館と違って、床には青いシートが敷き詰められている。シートの上には、エリアを区切るように赤いテープで正方形がいくつも描かれていた。訓練中はこの赤線の中で戦うのだろうなと要は思った。
「全員集合!」
司令官の声が飛んだ。部屋の隅に整列していた屈強な男たちが、立ち上がってきびきびとした動きで集まってくる。彼らはアメコミのようにわかりやすい筋肉の塊ではないが、無駄なものを一切削ぎ落とした引き締まった姿だ。要は好感を持った。単純な筋肉ムキムキより、こういう体の持ち主の方が遥かに強いことを経験上知っているからだ。
戦闘訓練はいつものことだが、要が相手だと上官から説明された隊員たちは驚いていた。が、それはすぐに消え、静かな闘志が漂ってきた。任務に忠実で結構結構、と要はストレッチをしながらほくそ笑む。
基本的に海兵隊では、女性兵の訓練は女性のみで行うらしいが、要との組み手ではその制限も撤廃してある。誰でもどうぞ、と要が兵士たちに向かって声をかけた。
まず、背が高く馬面の青年が進み出る。要はだらんと両手を下ろしたまま、相手の出方を待った。
青年が要の胸元をつかもうとするのを、ひょいと後ろにとびのいてかわす。相手がバランスを崩したところに蹴りをたたきこみ、あっと言う間にマットに沈めた。
「次!」




