不吉な雲
昔から、葵は嫌われ者の側にいた。言うことやること全てが周りの子供と合わず、おまけに表情がほとんど動かないため愛嬌もない。小学校に入学して三日で、早くもクラスの全員から遠巻きにされるようになった。
しかし葵はそれでもいいと思っていた。噛み砕いて話をしても「わかんない」としか言わない級友とはおとなしく距離を置いた。それでも話をしてくれる子はまだましで、多くのクラスメイトは完全無視だった。悲しいだの寂しいだのという感情がないわけではなかったが、仕方あるまい、と葵は達観していた。
そんなわけだから、いつも葵は一人で帰宅していた。その時、孤独な葵を心配してあれこれ世話を焼いたのが、幼馴染だった怜香だ。
当時怜香は別の小学校だったが、わざわざ帰る時間をあわせてしょっちゅう一緒に帰宅してくれた。葵が勉強したいと言えば、図書館につきあってくれ、なにくれとなく世話を焼いた。
「どうして僕に構うの」
ある時、葵は怜香に聞いたことがある。本気で不思議だったからだ。確かに父同士が仲が良かった関係で、小さいころから二人はよく遊んでいたが、無愛想でつまらない葵をかまったところで怜香にとって楽しいことはひとつもない。自分などさっさと見切りをつけて新しい友達と遊べばいい。
実際、見た目が華やかで人当たりの良い怜香は男女ともによく誘われていた。葵といる必要などかけらもなかった。だが、怜香は頑として葵の傍から離れなかった。
「だって私、葵ちゃん好きだもん。他の子と違う」
葵がしつこく聞いてみると、怜香はあっけらかんとそう答えた。あまりのストレートさに、葵は言葉を失う。
「なんで」
「うーん、それを女の子に聞く?」
「気になる」
「葵ちゃんいっつも難しいお話してくれるでしょ。それが面白いの」
確かに話はよくしてるな、と葵はうなずく。しかし、自分の話していることは、学校でも習っていないし、一般的な子供は興味もないようなことが大半である。もちろん怜香相手に噛み砕いてやっているが、正直楽しいものではないだろうなと思っていた。
「俺の話、わかる?」
「うーん、結構わかんない」
やはり怜香も話の内容まで理解はしていなかった。ますます不思議に思った葵は言葉を続ける。
「じゃあ聞いてたって面白くないだろう」
「わかんないから、面白いんだよ」
その一言に、葵ははっとして怜香を見た。じっと葵を見つめている、大きな二つの黒い瞳と目が合う。
「私は葵ちゃんほど頭良くないから、お話聞いた後何回も考えるの。あれかなあ、これかなあって。その時間が、私にはすごく楽しい。他の男の子は全然そういうことしないんだもんね」
怜香がお世辞ではなく、本気で言いきった言葉は、葵に残さずしみ込んだ。しばらくたってから、葵はようやく一言しゃべった。
「お前、変わってるな」
相変わらず、葵の声は平坦で顔も能面状態。口から出たのも可愛くない言葉だった。が、怜香は不快に思った様子もなく、にやっと笑ってそうだよ、と答えた。
☆☆☆
それから学年が上がっても二人の立ち位置はそう変わらず、偏屈で孤独な優等生と皆に好かれる温和な調停役という状態のまま成長していった。
このままずっと同じような時間が続くのだろう。怜香も、葵ですらそう思っていた。しかし、三年前のある日、事態は一変することになる。
その日はちょうど冬休みで、葵は家で分厚い辞書を片手に過ごしていた。すると家の中が急に騒がしくなったので、葵は立ち上がって部屋の外へ出た。父母はもちろん、もう引退している祖父まで派手に走り回って家が揺れていた。
「どうした、都か」
生まれたばかりの末妹に何かあったか、と思った葵は、父の昴を捕まえて聞いてみた。葵は幼いころから妙に聡いし隠しごとを嫌うのはみんな知っている。ぼかして状況を伝えたりはされないはずだ。
案の定、昴は葵に向かって、部下に話すように淡々と説明した。
「いや、うちの話じゃないんだが……京都北方で敵の急襲をうけて、近くの支部から派遣した大隊が壊滅した。その中に、怜香ちゃんのお父さんがいらっしゃった」
「久世三佐が」
葵は思わず声をあげた。父親っ子だった怜香はさぞ気をもんでいるだろう。
「無事なのか」
「久世三佐は副官たちとともに逃げて後方の部隊と合流したが、その直後に死亡。娘の京香さんはじめ、三佐側近の数人の士官の生還は確認されているが、いずれも重傷だ。もうこれ以上の生存者は見込めないだろうな」
それではほとんど全滅ではないか。二、三割死んでも大騒ぎになるのに、このような失態が起こればどれほど軍が騒ぐか想像がつかない。
「荒れるな。大隊壊滅なら五百人くらいは死んでるだろう」
「実はそれ以上に荒れそうな案件なんだよ」
昴は声をひそめ、耳を貸せと葵を手招く。葵は素直に父に近づいた。
「何があった?」
「実は、久世三佐の対応がかなり非難されていてな」




