人の命は紙より軽い
「この蚊帳ってのは初めて見ましたが、何だかいらいらしますねえ。目の前が見えそうで見えないや」
米軍の運転手はざっくばらんな口をきく。日本の妖怪になじみがないせいか、運転手はあまり怖がっていなかった。葵は彼に釘をさす。
「勝手に動かないように」
「うーん、がんばったらちょっとくらい向こうが見えそうな気がするんですがねえ……あ、今。今、ちょっと動いたっ」
「近くの班……第二十三、二十四。偵察に向かえ」
運転手は蚊帳の変化が面白いのか、声を弾ませた。お前が興奮してどうする、と肩をすくめながら葵は部下に偵察を命じる。
その次の瞬間、運転手の様子が明らかに変わった。
「……あ、あ、あ……うわああああああ!」
運転手が恐怖にかられて絶叫する。呼吸が荒くなり、声が明らかに震えている。さっきまでの余裕たっぷりの様子はどこにもない。ことが動いた、と察した葵は命令を変えた。
「二十三・四班、先頭車両の護衛に回れっ」
葵はカメラを動かした。しかし航空機からは、地上の様子が白くけぶっていて確認できない。ずいぶん大きな蚊帳を作ったものだ。あとは猛の虫たちと、トラックの車載カメラが頼りだ。
「響姉、車載カメラに切り替え」
「あいさー」
カメラの映像が切り替わる。画面に、真っ青な顔をした運転手の姿が大写しになった。彼の眼の前には、人型の大きな紙がべろんとたれ下がっている。紙人形の手には、これまた紙製の銃が握られていた。
やられた、と葵は思った。
「おい、これ……」
昴も異変を察した。
「全て紙になってしまってはいるが、あれが持っている銃は……」
「軍支給の銃と同じだな」
「いち、に……合計、六」
響が冷静に、紙人形の数を数え上げる。それは、第二十三・四班の合計人数と同じだった。葵が無線をつなごうとしても、まるで反応はない。信じがたいが、デバイス使い六人がいきなり物言わぬ紙きれになってしまった。
「生身の人間が、いきなりこれかよ。どうなってんだ」
猛がこぼす。葵はモニターをにらみつけたまま、敵の正体を探ろうとした。しかし、その時蚊帳の向こうから新手がやってきた。
MARPの前に、ごうごうと燃えさかる二種類の大きな車輪が立ちふさがった。右手の集団は、車輪の上にほっそりとした女がたたずみ、赤い唇をつりあげて笑っている。左手の塊は、車輪の真ん中に醜い男の顔があった。
どちらの車輪たちも、きりきりきりっと音をあげながら回転して、装甲車を見つめる。そして運転手に向かって同時に大きく口を開いた。
「見たな」
「見たな」
「みいたあなあああああ」
次の瞬間、男の顔がついた車輪たちが一斉にMARPめがけて襲いかかった。運転手は悲鳴をあげることもできず、ただただハンドルを握りしめた体勢のまま固まっている。
「させるか化け物っ」
混乱の中、真っ先に動いたのは若菜だった。マシンガンが火を噴き、弾丸が妖怪たちに容赦なくつきささる。車輪たちがたじろぎ、MARPとの間にわずかな隙間ができた。そこへ大和と怜香が素早く入り込む。
「ほら、おっちゃん立てや」
怜香がドアをこじ開け、大和が運転手を避難させようとした。が、恐怖で凍りついた運転手はただがたがたと震えているだけだ。
「しゃあない、かんにん」
元々気の短い大和は、がんと昆で運転手を殴りつけた。哀れな運転手がぐったりとなったところで担ぎ出し、他のデバイス使いに「持っとって」と無理矢理押しつけ、その足ですぐに戦闘に復帰していく。
全くあいつは、と葵はため息をついた。それからすぐに、負傷者を押しつけられたデバイス使いに無線を送る。
「運転手に大事はなさそうか?」




