狸たちの一芝居
やはり自分達は、死ぬこともできずに一家まるごと化けてしまったのか。古びた水瓶の縁を握りしめながら、浩然は歯を食いしばった。
もう、夜が明けたら村にもいられない。これからどうやって生きていったらいいのか。浩然が頭を抱えたその時、とんとんと玄関の扉を叩く音がした。
「隠れろ」
こんな夜遅くに来るのは誰だろう。あてはないが、誰であろうが自分達の姿を見られるのはまずすぎる。浩然は慌てて弟たちを戸棚の中に隠そうとした。
「ご心配は無用。私も同類ですから」
扉の向こうの訪問客が、浩然の動きを見透かしたように言う。
「え?」
浩然が聞き返したところで、ばきっと音をたてて扉が壊れた。ずかずかと室内に入ってきた生き物を見て、浩然は息を飲む。村で一番の大男よりもなお一回りがっしりした体の上には、象のような長い鼻をした獣の顔がのっている。
「初めまして、私は天逆毎」
獣はやたら優雅に腰を折り、そう名乗った。
☆☆☆
「では、ここで会議を終了いたします。皆様、懇親会の場を設けておりますので是非ご参加ください。明日の演習に備えてアルコールはありませんので、あらかじめご容赦ください」
ここでコーラはあるのかい、とアメリカ側から冗談とも本気ともつかない声があがった。
「コーラ、各種炭酸飲料はございますよ。では皆様、後程お会いしましょう」
生真面目に司会者が答えると、室内がどっとわいた。
資料を映すために暗くなっていた室内に明かりが灯る。両国の参加者たちが部屋を出ていくのに、葵も続こうとした。
「少し話せるかね」
その時、急に後ろから声をかけられて葵は戸惑った。振り向くと、中将が難しい顔をして立っている。葵は待ってくれていた両親や隼人たちに合図して、先に行ってもらう。そうして、室内にいるのは葵と中将の二人だけになった。二人は並んで椅子に腰かける。
「時間もないから率直に言おうか。今日の会議をどう思った」
「表と裏、どっちが聞きたいですか」
中将が口火を切った。葵はペラペラのペットボトルを握りつぶしながら、わざとぞんざいな口調で言う。
「どちらでも。裏なら手間が省けてありがたいし、表なら見破るまでだね」
自信たっぷりに言われて少し腹が立ったが、そうでもなければ中将の仕事は務まるまい。葵は腹をくくった。
「……アメリカ側はやる気がない。そういう印象でした」
「まあ、わかってしまうだろうね。派手なデバイス使い同士の対戦でごまかしてはいたが、駐留人員減と艦の引き上げは隠せない」
「日本側も腹のなかではわかってはいますよ。今後の関係があるからあえて口には出しませんが」
葵は冷たく言った。中将が額に手をやる。
「悪いが、日本がいくら気を遣おうと、アメリカは今後はもっと露骨に撤退していくだろう。なにしろ、今度の大統領は『世界の警察』などという不経済なしろものは大嫌いだそうでね。自国の状態改善が急務、なんなら鎖国でも構わないそうだ」
葵は腕を組んだ。貿易がなければ経済計画の大幅な見直しを迫られる日本と違って、アメリカは自国だけでも別に食うには困らない。ありうる話だった。
「最近アジアの大国の反応が軟化してますからね。ただでさえ日本の前線基地としての価値が落ちた上に、内戦なんぞやってればそうなるでしょう」
だから葵は自国の価値が落ちないうちにとっとと内戦を終わらせてしまいたかったのだが、妖怪側がずるずる逃げ回るものだからそうもいかない。他の国は、わざわざ何年も内戦が続くような国に関わりたがらない。天逆毎のことだから、そこまで計算しているに違いないことが、葵にとっては腹立たしかった。
「これはあくまで国の正式決定ではない。私の勝手な予測なので、口外してもらっては困るのだが」
中将の顔がひきしまる。葵はうなずいて続きを待った。




