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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
いつも心に英雄を
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月の影に大妖が遊ぶ

 ただでさえ日本には戦車や歩兵が入り込みにくい山が多い。妖怪たちが完全に寝ぐらにひきこもった状態では、こちらもなかなか手が出せなかった。そのため、内戦はずるずる長期化し数年にわたってにらみ合いが続いていた。国民は都市部に集中するようになり、田舎という概念が死語になるかもしれない。


「それゆえ、一層の装備の充実、デバイスの進化を目指し……」


 壇上の自衛官は熱く語っていたが、あおいはぼんやりそれを聞いていた。結局、相手が野山にひきこもっている時に攻撃したところで効果は薄い。じわじわ内部から切り崩すか、こちらも総力戦覚悟で仕掛けるかしかないのだが、どちらも作戦としては現実味に乏しかった。


 日本側としてはアメリカの火力を借りたくてこの話をしているのだろう。が、同盟をくんでいるといっても、アメリカも手出しはしにくい。何せ、妖怪たちがいまのところは米軍には手を出していないのだ。あくまでこれは日本内部での小競り合いであり、アメリカには対岸の火事だ。今のところは。


「しかしいつまでも今のままでいられるとは思えない」


 天逆毎あまのざこが、いつまでも邪魔な外国部隊を放っておくとは思えない。葵は片耳で話を聞きながら、ここにはいない大妖怪の頭の中を推し量った。



☆☆☆



「今戻ったよ。あー、疲れた」


 肩をすくめながら山奥の庵に戻ってきたのは、赤い髪の少年だった。彼はぐねぐねと動くずだ袋を引きずったまま、寝床にいる青年に近づいていく。


氷雨ひさめ、調子はどうよ」

「……まだ右手はダメですが、他はなんとか。姿もようやく大人に戻りましたよ」

「そっかそっか。魚でも食うか」

「兄者、お願いだから焼いてくださいっ」


 びちびちと跳ねまくる魚を顔面に押し付けようとする少年に、氷雨が流石に怒った。


「生でいけるよ。相変わらず細かいなあ。血が好きなくせに」

「動物でない血はまずいんですよ……兄者、私で遊ぶのは構いませんが、天逆毎さまに偵察結果の報告はなさいましたか」

「いっけね」


 氷雨に言われて、さっきまでひょうひょうとしていた少年が、飛び上がった。


「何のために里の近くまで行ったと思っているのですか」

「今から行ってくる」

「こら、最近あのお方は国を離れていることも多いのですよ。先にお約束をなさい」


 あきれる氷雨を尻目に、赤毛の少年は準備もそこそこに走り出そうとする。その時ばたばたという足音に交じって、小さなため息が聞こえてきた。


「私ならここにいるよ。全く、こんなことじゃないかと思って来てみたが。相変わらずだね、月影つきかげ


 暗闇からぬうっと、象に似た巨大な獣の顔が現れた。二人の主であり、妖怪たちの総大将でもある天逆毎だ。


 やれやれ、と氷雨は肩をすくめる。自分も月影も決して弱い妖怪ではないのだが、それでも全く主の存在を関知できなかった。底が知れない。目の前にいるのは、その一言が最もふさわしい大妖怪だった。


「す、すみません」

「さっさとお言い。敵の動きはどうだったね」

「いつも通りですね。特に急に兵を動かす様子もなし。兵站へいたんも今のところは滞りなし」

毛唐けとうどもの軍はどうだい」

「こちらも目立った動きは」

「予想通りですか。全く面白くもない」


 月影の報告を聞いて、天逆毎はふんと鼻をならした。それだけで部屋の中にあった文机が浮き上がる。


「ようやく毛唐どもの頭が、他の国に軍隊を派遣するのは金の無駄遣いだ、と言い出したというのに。警備体制は今までのまま、とはなんとも面白くありませんねえ」


「恐れながら。軍事派遣はそれだけで一大産業です。大量の人間の思惑と金が絡むため、やすやすと意見が一致するはずもありません。撤退するにしても、いくつかの手順を踏んでからでしょう」


 氷雨が床の中から天逆毎に意見する。天逆毎がつまらなそうに頬杖をついた。


「しかし、あの国の軍隊が邪魔だということに違いはない。なんとか潰しておきたいものです」


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