新たなる風
「……ああ、まだまだやなあ。特に石垣が」
「そうでしょうね」
葵は同意する。かといって、全部コンクリートにしてしまうわけにもいかないだろう。ここは基地でもあるが、有名な城として多くの人に認識されている。
「突貫工事で、大事なところだけはコンクリートにする予定や。後はぼちぼち直すわ」
「予算も大変ですね」
葵が言うと、和泉が答えた。
「まあ今回はどうにかなったわ。淀屋からかなり金を引っ張れたからな。流石にあの状況で静観きめこんだのはつっこまれてもしゃあない」
そう言いつつも、和泉はそんなに嬉しそうではない。葵にも見当がついた。どうせ淀屋のことだ、戦後不手際を責められることまで予測していたに決まっている。その上で、出撃するより修繕費を払った方が安上がりだと思っているのだ。
「なかなか大変ですね、狸がいると」
「なんの。三千院の方が嫌われとるやろ」
新が笑いながら言う。
「うちはわざわざ会う必要がありませんから。汚い狸の世話はお任せします」
葵は肩をすくめた。淀屋は必要もないのに、会いたくない相手である。
「それにしても、妖怪どもの行動には謎が多いわ」
和泉がお手上げ、と言いたげに両手をあげる。傷にさわったのか、小さく痛っ、とつぶやいた。
「ええ。最大の懸念は、あの大型種二体がどこから現れたか……結局市内のどこの監視カメラにも映っていなかったようです」
葵は今まで、響たちとも協力して眼を皿のようにして探したのだが、何の痕跡も発見できなかった。SFのような話だが、妖怪たちがいきなり町中に湧いたとしか思えない、という結論に達している。
「可能性は低くとも、そういうことがあると頭に入れておかないと……」
厄介なことになったな、と思いながら葵が言う。日本の妖怪は戦闘能力のない種族が多いが、たまに海難法師のように活動時期が決まっているが恐ろしく強い個体がいる。それも呼べる上、伝説になるくらい凶暴な海外の妖怪を連れてこられるとしたら、こんなに恐ろしいことはない。明日から、神戸でもその対策に追われることだろう。
新と和泉もことの重大さを悟って黙りこんでしまった。その時後ろから、怜香が声をかけてきた。
「和泉さん、お世話になりました」
ヘリの準備ができたので呼びに来たのだろう、葵もそろそろ行かなくてはならない。葵は怜香とそろって新と和泉に頭を下げた。
「いや、こっちこそほんまに助かった。大阪は一から立て直しや。次に大きな戦があったときは、必ず役に立てるようにしとく」
和泉が頭をかく。葵は最後に一つ、気になっていたことを意地悪く聞いてみた。
「弟さんをお返ししましょうか? こちらはかまいませんが」
和泉はにやっと笑って答えた。
「あいつが決めることや」
そこには、もう弟の世話をひたすら焼いていた兄の姿はない。かといって、愛想が尽きたというわけでもない。本当の意味で一人の男として、彼の決断を尊重するという意思が表れていて、和泉の顔は清々しかった。この人もまた今までと違う道を歩き出したのだ、と思った葵は和泉に向かって深くうなずく。
葵が顔を上げたとき、もう聞き慣れた大和の声が後ろから聞こえてきた。
「早よ乗らんと置いてくでー」
奴も、決めた。自分の意思で。バカで手のかかる奴だが、もうしばらくは一緒に戦うことになるだろう。
「わかったから扉を揺するな」
葵がいつもと変わらぬ顔で、大和に言い返した。怜香が真っ先に吹き出し、続いて和泉が珍しく大声で笑った。
新年を迎えた大阪城基地に、新しい風が吹いた。葵はその風を体で受け、いずれやってくる次の流れに備えようと決めた。




