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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
飛べよ翼が小さくとも
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暗雲の影

「俺の背中の中央、そうですね、直径五センチくらいの円くらいの範囲は普通の人間と同じ。ここを攻撃されたらアウトです。伝説通りの弱点なので、妖怪たちのなかでも、司令官クラスなら知っているかもしれません。が、ゆめゆめ言いふらさないでください」


 岡本は真剣にうなずいた。たちばなは一番言いたかったことを言ってしまってもう満足したのか、さっきとはうってかわって無邪気な笑顔をみせる。


「なので、飲み込まれた後はなかなか大変でしたよ。消化液が背中に当たるといけないので、あいつの胃のなかを歩き回ったり、適当な部品を傘がわりにしてね。でもそのおかげでなかなか面白かったでしょう?」

「こっちは肝が冷えましたよっ」


 岡本が目の色を変えた。


「わかってください。あいつの外皮はえらく固かった。倒すには中から攻めるのが一番効率がよかったんです。弟は知っていたが、他の皆さんには相談する時間がなくて」


 橘が頭を下げる。蚊帳の外に置かれていたのは面白くないが、あの血走った目をしたカリュブディスと正面から戦ったらかなりの犠牲者が出ていたことも間違いない。岡本はため息をついた。


「いえ、かまいませんよ。あ、もう一つ聞いて良いですか」

「どうぞ」

「最初に持っていた槍がやたら弱かったのは、ご自身のデバイスでなかったからですね?」


 今橘の右手にあるのは、彼の身長ほどもある大剣だ。とてもじゃないが使いこなしているとは言えなかったあの槍は、事情を知っている他の誰かの持ち物と考えたほうがいいだろう。となるとあてはまるのは……。


「ああ、あれは元々弟のデバイスでね。双子だけで急に決めたものだから、部下が『なんで槍なんか?』と言いかけて大変だった。止められて良かったよ、バレたら元も子もない」


 橘が口をとがらせる。岡本の予想は当たっていたが、同時に一つの矛盾が生じた。


「あれ、おかしいな。弟さんのデバイスははあの投擲とうてき武器でしょう? ずいぶん使いこなしておられましたが」

「あの武器と、槍の核に入っているデバイスは元々一つの核が分裂してできたものなんだよ。僕たちと同じ双子」


 自分を指差しながら橘は言う。


「だから両方弟に適合するんですよ。元は同じだからね。何ヶ月か慣らせば僕も同じように使えますが、今はあの程度の威力ですよ」

「はあ、それはまたすごい」


 岡本はため息をついた。一つでさえ強力なのに、二つ使いこなせればその威力は計り知れない。あの重度のコミュニケーション障害の佑馬が、第一線からリストラされない理由がようやくわかった。


「なあ、佑馬ゆうま。槍、ちゃんと拾っとけよ」


 兄が佑馬に声をかける。 しかし当の弟は、まだ喉のところを押さえていた。


「弟さん、病院に行った方が良くありません? 大丈夫?」

「…………」


 岡本が声をかけると、佑馬が首を横に振る。整った顔立ちを、気むずかしそうにしかめていた。


「しかし調子悪そうだし。お兄さんからも何か」


 話を振られた兄は、ふと何か思いついた様子で弟に歩み寄る。


「佑馬、もしかして何かしゃべったのか?」

「…………」


 兄の問いに対して、佑馬がしきりにうなずく。とたんに兄がほっとした顔になった。


「大丈夫です。急に話したから声帯を痛めたみたいで」

「どんだけ甘やかされた声帯か」


 岡本が思わずつっこむと、兄はけらけら笑いだした。


「今のはさっきのよりいい。間島さん、大阪に馴染んできましたね」


 言われた岡本はぎくりと体をこわばらせた。関東に戻る日を夢見て、あんなに気をつけていたというのに。大阪パワー恐るべし。明日からはもっと気を付けよう。岡本はそう思いながら、ナマズの死骸を片付けるべく立ち上がった。



☆☆☆



「……ふむ、待てど暮らせど大阪城基地から炎があがりませんね」


 まるで瞑想めいそうでもしているように、静かに空中に佇んでいた氷雨ひさめは首をかしげた。上空から見た大阪城付近からあがっていた煙は、増えるどころか徐々に薄くなってきている。遠く離れた自分から見てもすぐわかるように、派手に炎をあげろと重々言い聞かせていたはずだったのだが。


 スキュラとカリュブディスに川姫までいるのだ。それで落とせないとなると、よほどの事態があったと考えるしかないが……あの和泉いずみが、一体どうやってこの事態を切り抜けたのだろう。そんな器には見えなかったが。


 氷雨が意地の悪い笑みを浮かべていると、急に右腕に血の雨がざあっと振りだした。みるみる着物の袖が、水気を帯びてずっしり重くなる。


 氷雨の顔が曇った。自分が放った血の霧が、吹き飛ばされて本体に戻ってきている。ということは、よほどなどという甘いものではない。間違いなく、最悪の事態が起きている。


「氷雨さま、市内上空に奇妙な連中が現れました」

 

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