駄目な兄?
逃げ惑う兵士たちを見下ろしながら、カリュブディスは冷静に次の獲物を探す。ずりずりと腹を地面に擦るうつぶせの体勢でも、カリュブディスは人間が歩くよりよほど早く動くことができる。
「お、追ってくるぞ」
「う、撃て、もっと撃て」
完全にパニックになった兵士たちが、闇雲にカリュブディスの巨体に向かって銃を乱射する。人間たちの使う銃も日々進歩しており、カリュブディスがこの前見たときよりも随分沢山撃てるようになっている。
しかし、いくら弾数が増えても、ちゃんと狙わなければ当たるものではない。カリュブディスは全く恐れることなく、人間たちがたくさんいる堀に向かって前進した。
さて美味しくいただいてやろうかい、と舌なめずりしながらカリュブディスが身を乗り出した次の瞬間、頭に衝撃が走った。目の前が真っ暗になり、くらりと前びれがよじれる。自分の体が地面に落ちる、どうっという音が聞こえてきた。
痛みはひどかったが、幸い意識はすぐに戻ってきた。ずきずきと痛む体を起こし、カリュブディスはじっと前方をにらみつけた。
ひどく細身で、背の高い男が一人立っている。ただの人間だが、ぞくりとするほどその目は冷たい。男の両手には、円形の投擲武器が握られていた。
武器は金属でできているのだろう、銀色に光っている。大人の顔ほどの大きさがあるため相当重そうだが、男は涼しい顔をしている。さっき自分を昏倒させたのはこれだろう。やる相手だな、とカリュブディスは気をひきしめた。
「た、橘三尉」
兵士たちがほっとした表情で、男に駆け寄っていく。が、男は労いの言葉一つかけるわけでもなく、彼らに向かって黙って首を横に振った。
「…………」
「あ、あのう」
これには一同が困り果てている。人間たちの動きが止まったのを、カリュブディスは面白く見ていた。手練れだろうが隙を見せたならちょうどいい、このまま後ろからがぶりと行ってやろうとカリュブディスは男たちの死角へ移動し始めた。
しかし、カリュブディスはまたもやお預けをくらうことになった。もう一人、なかなか面白そうな人間が来たのだ。投擲武器を持った男の横から、全く同じ顔をして、同じような体つきをした人間がもう一人現れた。双子か、とカリュブディスは鼻をならす。
まるで一つの菓子を割ったかけらのように、お互いがそっくりだ。違いと言えば、後から出てきた方が、右手に大きな槍を持っていることくらいだ。
「弟は弾がもったいない、と言うとる。君たち、さがっていいぞ」
後から出てきた方が兄のようだ。こいつは弟の言いたいことがわかるらしく、兵士に向かって指示を飛ばす。しかし、こんなに図体の大きな弟の通訳とはご苦労なことだ。
「…………」
「後は任せろ、と言っている」
兄は話し続ける。相変わらず弟の方はぴたりとも口を動かさない。ただ、兄のいうことが間違いではないことを示すために時々うなずいている。カリュブディスとしてはこんな奇妙なやつはさっさと食ってしまいたいのだが、さっきしたたかに自分の額をうち据えた武器の衝撃が忘れられない。戦うのなら、距離をとるか相手を弱らせてからだ。
「…………」
「やるぞ。援護を頼む」
兄がぐっと大きくかがみこんだ。次の瞬間、兄は空中に浮いている。そしてカリュブディスの大きな腹めがけ、真っ直ぐに槍を突きだした。
「はっ!」
並みの男なら腰を抜かすくらいの気迫で、兄が吠える。カリュブディスはその意気やよし、とぐっと尻尾を踏ん張った。
兄の突きは早すぎて見えなかった。少し遅れて、ぐりぐりと兄の放った槍の矛先がカリュブディスの腹にくいこむ感覚がある。
馬鹿め、とカリュブディスは内心で笑った。誰もがこの大きな腹を弱点だと思い込んで向かってくるが、頑丈な鱗の下には、防御のための分厚い皮下組織がある。実は地面を這って移動するのに使うため、一番丈夫なところなのだ。
兄の槍が食い込んだその深さ、せいぜい数センチ。兄は真っ赤になって槍を押し込んでいるが、それ以上の変化はなにもなかった。




