元気なナマズ
「それにねえ、困ったらすぐに上の名前を出すような貧弱な女が、私たちをうまく使えるものかな」
「うわあああー、もう我慢できないっ! 氷雨さま、聞いてた話と違う!」
あんまりな扱いに耐えかねて、川姫は髪をかきむしってその場に突っ伏した。せっかく大妖に気に入られたと喜び勇んで来てみたらこのザマか、と怒りがわき上がる。
「そのへんにしとくのです、スキュラ。今回の敵はあくまで人間ですし、主導権は日本の妖怪にあるのです。天逆毎にもそう言われたはずです。面白いからと先に食いついたのはあなたの方だったのですよ」
ぶつぶつと川姫の口から呪詛が漏れ出したとき、ふいに頭上から幼い少女の声が聞こえてきた。川姫はぱっと起き上がり、声の主を探した。
川姫に助け船を出してくれたありがたい妖怪は、スキュラと呼ばれた傲慢女の前に鎮座していた。無駄にかわいらしい少女声と、語尾に「です」をつけまくる丁寧さとはうらはらに、まるまるとだらしなく太った銀色のナマズの姿をしている。ナマズは口元についた長い髭をぶるりと震わせ、身勝手な女を威嚇した。
「止めるな、カリュブディス」
「だからおよしなさいです。あまり調子に乗るとがぶりです。たとえ古なじみであっても、おいしくいただいてしまいますです」
やけに長ったらしい名前のナマズは、スキュラに向かって不穏なことを言い放った。冗談ではないことの証に、かちかちと彼女の歯が鳴る音がひっきりなしに聞こえてくる。とうとう、スキュラの方が折れた。
「ちっ、仕方ない。そこのチビ、とっとと作戦を言いな」
「川姫のお千ですっ」
放っておくとずっとチビ呼ばわりされそうなので、川姫はあわてて自分の名を主張した。
「それでオセンとやら。今回は何をするのです。とにかく暴れられる面白い戦があると聞いて、こちらは来ているのです」
「……えーとですね、とにかく、今回は人間たちがたてこもっている基地を襲うんです。陥落させればこちらの勝ち。参考までに聞きますが、お二方とも城攻めの経験は」
あまり期待せずに、川姫は二体の妖怪に向かって聞いた。
「ないね。船ならたんと沈めてきたが」
「右に同じくです」
期待していた通りの答えが返ってきて、川姫は肩をすくめる。
「城攻めは、とにかく早さがモノをいいます。ぼやぼやしていたら、敵に取り囲まれてしまいますから」
「ほーん。まあ、とにかくさっさと大将の首を取ればいいってことだろ?」
スキュラがずばりと切り込む。川姫はうなずいた。氷雨から預かっていた、敵本拠地の地図を広げながら解説する。
「はい。今回攻め入る大阪城基地は、複数の地区に別れていますが、目指すは一点。内堀の中の指令部のみを目指して直進してください。ここを落とせれば、指揮系統が混乱します。そうなれば、陥落は避けられないでしょう」
体が大きい妖怪たちはずいぶん見にくそうにしていたが、一通り地図に目を通したところで川姫に疑問をぶつけ始めた。
「掘ってのはこのちっさい川のことかい」
「はい。敵の侵入を防ぐために作った人工の川のことです」
「二重になっていますです。この一番内部を目指せばよろしいのですか」
「その通りです。我らに構わず、お二方はとにかく敵の頭をつぶしにかかってください」
川姫がきっぱりと言うと、意外にもスキュラのほうが大きく身を乗り出してきた。
「しち面倒くさくないのが気に入った。とにかく、血が見られるのはいいこった。あんたがアタマなのは正直気に入らないが、今回ばかりは助けてやろう」
このありがたい申し出に、ありがとーござーまーす、と川姫は適当な返事をした。天逆毎さま、今ひょっこり帰ってきてこの女をシバいてくれないかしらと、不穏な考えが川姫の頭をよぎる。
「スキュラ、敵を殺すのはかまいませんですが、死体はそのまま置いておいてほしいのです。ごちそうです」
「相変わらず食い意地が張ってるねえ。昔は牛で満足していたくせに」
「ほっとくのです。とにかく死体は私のです」
ナマズはやけに食べ物に執心している。人間なんぞ食べてもおいしくないですよ、と川姫が忠告しても意に介さなかった。




