表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
飛べよ翼が小さくとも
212/675

平凡な眼で見抜け

 小さい頃から、兄貴はいつも優等生。自分はいつでもお調子者で落ちこぼれ。もっと昔は兄を越えようとしてみたこともあったが、三日で無駄な努力だと悟ったのでやめてしまった。


(俺はほんまに頭が悪いわ。バカの考え、休むに似たりか。ほんまにうまいこと言うもんやで)


 大和やまとが内心苦笑いしたとき、ばりっと音をたててシャツの生地が破けた。足の関節も思うように曲がらなくなり、しゃがみ込むこともできなくなる。自分を取り巻く人たちが見えて、大和は思わず顔をそむけた。


「こら弟! しっかりせんかい」


 東雲しののめの声と共に、いきなり首筋に何かが突き刺さった。あいにくちくりとつつかれたくらいの痛みしか感じなかったが、大和はのろりのろりと頭を東雲の方へ回す。


「東雲さんー、全部打っちゃってねー」

「過去の症例によると、強いストレスが症状を進行させるみたい。鎮静剤でなんとか眠ってくれれば」


 東雲に加えて、三千院さんぜんいんの医者科学者コンビが、自分の周りで奮闘しているのが見えた。どくどくと全力疾走の後のように鳴っていた大和の心臓が、少しだけその動きをゆるめた。しかし、鬼になる速度がゆっくりになりはしたが、完全には止まらない。


「大和! こっちに戻っておいでなさい! 御神楽みかぐらのご両親や和泉さんに会いたくないんですの!」

「せや、かわいい女の子もまだ触ったりめたりしてへんやろ! 戻ってこい!」


 ひどい言われようだが、東雲まで本気で心配してくれているのが伝わってきて、大和はかすかに笑った。


「……そんな資格、ないねん」


 鎮静剤がきいたのか、久しぶりに大和の口から人間の言葉が漏れでた。東雲と蘭子が、顔を見合わせる。修と俊が、「鎮静剤追加ー」「おうよ!」と息のあったかけ声を放ちながら、新たな注射器へ薬剤の充填を始めた。


「資格?」

「俺、悔しいわ」

「ああ……お兄さまといつも比べられていましたものねえ。内心悔しく思っていたのでしょう」


 よく分かった、という顔をして絹子きぬこがうなずいた。違うのだ、と大和が反論をしようとしたが、その前に東雲が口を開く。


「せやなあ。昔から、兄はようできた子やとほめられ通しで、あんたは正反対やったもんなあ。でも、それでも、みんなあんたのこと好きやったんやで。そこは間違えたらあかんの」

「そうですわよ。バカでも、あなたみたいに明るいのが一人いないとつまらないではないの。妙に気にしなくてもいいんですのよ」


 絹子と東雲の言いたいことはわかる。心配してくれるのも感じている。なのに、同時に「おまえらはちっとも分かっていない」と叫びたい気持ちもわいてきて、大和の頭の中がまたぐちゃぐちゃになった。さっきまで落ち着いていた角の伸び方が、またぐんと早くなる。


「鎮静剤二本目いくよー」

「今度は完全に眠らせよう!」


 しゅうしゅんの声とほぼ同時に、また薬を打たれる。だが今度は、胸のいらつきが治まるどころか、増すばかりだった。ますます大きくなった大和の体が廊下を埋め尽くし、天井にぶち当たって鈍い音をたてる。今度はみんなの頭を見下ろす形になった。


 悲鳴をあげ、顔を覆う仲間たちを見て大和はうなり声をあげた。結局、自分の真の思いは誰にも伝わることはなかった。仕方ないのか、それが報いか……。


「兄に負けて悔しいのはわかる、でも鬼になったらあかん!」

「こら! おやめなさいったら!」

「それはきっと違うよね」


 大和の下から、澄んだ声がした。目をつり上げて大和をにらんでいる東雲と絹子の後ろから、はるかがてくてくと歩いてくる。大和を恐れても嫌がってもいない、奇妙に落ち着いた目をしていた。


「遥兄さん!」


 弟たちが呼び止めても、遥はにこにこしながら大和の顔を見つめている。今までの気弱そうな陰はどこへやら、そこにいるのはまるで別人のようだった。少し機嫌を悪くした東雲にじろりとにらまれても、遙はまるで動じていない。


「……違うて、なんや」

「東雲ラボ長、生意気言ってごめんなさい。でも、少しだけ僕の話を聞いてください。ラボ長は百メートル走で全日本代表の選手に負けたら、悔しいと思う?」

「そんなもん負けて当然や。悔しいもクソもあるかい」


 東雲が即答する。遙はこくりとうなずいた。


「そうですよね。実力差があまりにもはっきりしていると、嫉妬なんかできないんだ。あくまで嫉妬は『自分にもできそう』とか『こいつたいしたことないのに』と思ったときにだけ生まれる。大和くんは『お兄さんを超えられない』なんてことはもうとっくにわかってるんだと思います。同じ土俵にはあがれなんかしないって確信してる。だからそのことでは悔しいも何もないです」


 大和の体が、ぎくりと震えた。遥とは会ってほんのわずかしかたっていないのに、腹の底まで見透かされたような気がして体が震える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ