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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
飛べよ翼が小さくとも
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神からの声

「せっかくの援軍やで、なんで配置できへんのですか」

「基地の北側の防衛線がそろそろまずい。今のところ、砲兵部隊がよくやってくれとるおかげで大型種の足がとまっとるが、タマが切れたらあっという間に入り込まれるで。頼むから、決断してくれへんか」

「戦闘は『撃たれたら撃ち返せ』が基本や。やられっぱなしは現場の兵の士気にも関わる。和泉さんが帰ってくるまでいつまでかかるかわからんし、仕掛けるなら今やないか」


 曹クラスの隊員たちが、ずらりと絹子の前に並び、窮状きゅうじょうを訴えている。華奢きゃしゃ絹子きぬこを守るように、彼女の前に一人の若い兵が立っている。彼の足は震えまくっていたが、なかなかカッコええことをするやないか、と大和やまとは感心した。


「……三時間はかかる、と一度言ったのです。今更撤回などしたら相手が調子に乗りますわ。デバイス使いが何人いようが、指揮官は私です。あなたたちも従いなさい」


 絹子は唇を震わせながら、それでもきっぱりと曹たちの要求をはねつける。彼女のかたくなな態度に怒りの声があがり、室内にわんわんとこだまして大和の耳をうった。まだ調子がすぐれない体にはきつかったのか、はるかが耳を押さえてその場にうずくまる。慌てて駆け寄ってきた衛生兵たちが、彼を椅子に寝かせた。


「フリルの精神力もそろそろ限界やな。あの犬コロが前におるから、なんとか耐えとるようなもんや。あたしは加勢に行ってくる、その間になんとかうまい手を考えるんやで」

「無茶言わんとってくれ」


 今まで横にいた東雲しののめが遠ざかっていく。急に心細くなって大和は叫んだが、彼女が足を止めることはなかった。一人になった大和は、頭を抱えた。とにかくここはうるさすぎて考えるどころではない。誰にも気にされないまま、大和はとぼとぼと廊下へ出た。


「……どないしよ」


 大和はぽつりとつぶやいた。今までは、自分はただやりたいようにやっていれば良かった。思うまま行動しても、手ひどい負けなどなかったし、たいていのことは頑張ればなんとかなっていた。


 今思えば、自分はずいぶん楽をしていたのだ。考える――この厄介で一番大事なことは昔から苦手だったが、大和の隣には常にそれをやってくれる相手がいた。小さい頃は和泉いずみが、そして入隊してからは――認めたくないが――あおいが。


(なんや、俺はこんなもんか? 一人になったら、この程度やったんか?)


 心の中で問うても、当然ながらどこからも答えは返ってこない。狭い廊下を行き交う軍人たちはみな、切羽詰まった表情をしている。廊下の真ん中に立っていた大和は、彼らにとって川の中州のように「ただそこにあるもの」としか認識されていなかった。


(あかん、弱気になっとっても仕方ない。ラボ長は考えろって言うたんや。何か、何かないか)


 大和はしゃがみこんで、やり慣れない思索を思い切りやってみた。しかし、空の箱を振ったところで出てくるのは空気だけ。同じことをずっと自分に問い続けても、なにも出てこない。あるのは吐き気と焼け付くようなのどの痛みだけだった。大和は自然と、廊下の角にうずくまって体を丸める。さっきかいた汗が、もう冷えて首筋をつたった。


【何を悩んでいる?】


 大和が唇をかんでいると、急に頭の上からしわがれた男の声がした。見上げてみたが、そこには埃一つなく磨き上げられた換気扇があるばかり。換気扇の奥にあるダクトも細く作られていて、人一人が通れるほどのスペースはない。


【姿など、探しても無駄だ】


 また声がした。大和はなんだかいやな予感がして、自分の耳に指を突っ込んだ。が、そんなことで聞こえてくる音を遮断はできない。無駄なあがきを、と言わんばかりにくぐもった笑い声がいっそう大きく聞こえてきた。


「だ、誰や」

【我は神。貴様らが普段崇め、奉る存在なり】


 大和も他の日本人と同じく、普段は特に神を崇めも奉りもしていない。出撃の時にちょっとゲン担ぎはするが、まあ苦しまぎれみたいなものだ。そういう存在から声をかけられても、へえそうでっかとしか言い様がない。


【お前に与えるべき力がある】

「いらんわ帰れドアホ」


 ただでさえ苛立っているところに、媚びるような声がかえって怒りをかきたてる。大和は息継ぎなしで罵倒の言葉を三語述べ、拳を振り上げた。運悪くそれを聞き取ってしまった陸士たちが、ぎょっとした顔をして通り過ぎていく。


【いいのか? 今まさに、おまえの真価が問われているのではないか】


 大和は痛いところをつかれて、振り上げた拳を止める。何も食べていないのに、口の中に苦いものが広がっていた。


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