狸の読みは当たるもの
淀屋の正面にあるモニターには、市内の定点カメラから送られてきた画像が映っていた。カメラは小型化して外から見てわからないよう埋め込んであるため、この事態でも無事でいられたようだ。妖怪たちがそぞろ歩いている姿を見ても、憎たらしいほど淀屋は落ち着いていた。
二人は妖怪襲撃を察知してすぐ、中之島地下に掘られた、緊急用の避難壕に逃げ込んでいた。厚さ数十センチはあるであろう鉄の扉を何回もくぐり、淀屋とともに電気のともる室内にたどり着いたとき、新はほっと息をついた。しかし、落ち着けたのはその一瞬のみ、すぐに市内の様子が気になって仕方なくなった。
淀屋はそんな新になど目もくれず、意外にも、部下たちにきっちり退避命令を出していた。全員は無理だったが、それでも二千を超す常備兵たちが無傷のままこの地下施設までやってきていた。彼らはいくつかの部屋に分かれて、出動の合図があるまで待機することになっている。新もちらりと休憩室の中を見たが、きちんと二段ベッドもあり、体力を温存するにはよさそうだった。車や迷彩服の新調すらためらうドケチな淀屋がそんなところに金を使うとは、と新は少し驚いた。
しかし、新が淀屋を見直したのもほんの一瞬。息子たちと合流するために外に出たい、と新が言ったとたん、淀屋はいつもの調子でかみついてきた。
「基地がどうなっとるか、行ってみて確認したいんやが」
「ドアホ。これだから従軍経験のないやつは。ぐっちゃぐちゃに決まっとるやろ。なんせ、大阪北部は今まで大規模な侵攻の経験がないさかい。完全に司令部は浮き足立っとる。おまえの息子も含めてな」
「和泉も?」
新は顔をひそめた。自分と違い、和泉は十分な戦闘の経験がある。不測の事態でも、取り乱したりはしないはずだ。
「お言葉ですが、うちの子はパニックを起こしたりはしまへんで。ちゃんと訓練しとるさかいに」
「あっはあっは! あんまり笑かすなよ、御神楽。わかりやすくパニック起こしてくれた方がまだましよ。表面冷静なくせに、敵の思惑にずっぽりはまっとることに気づかん。それが一番、タチの悪い浮き足立ちや」
「思惑?」
「ああ。敵の目標はまず間違いなく、大阪城基地の陥落や。あそこは高台やし、市内とも近い。わき水も豊富で、川にもすぐ出られる。鉄道輸送も使える。デバイス研究施設もようやく軌道にのったとこや。
あそこをとられたらどれだけ痛手か、お前にもそれくらいわかるやろ。代替の基地なんかそうそう簡単に建たんぞ」
新はうなずいた。太閤秀吉が惚れ込んだあの土地以上に、大阪防衛に適した場所などあるはずがない、淀屋の言うとおり、決して失ってはならない拠点だった。
「和泉も軍人、あの基地の重要性は承知しとるはずです」
「いいや、賭けてもええ。あのアホは基地から出てしまうはずや。助けを呼ぶとか補給をもってくるとか、理由は知らんが。敵の狙い通りにな。あの坊や、戦闘の経験はあっても戦局を読んだ経験はないさかいに」
「なぜわかる」
「ここと外界を結ぶ橋がまだ落ちとらへん。ちょっとでも参謀の経験があれば、ここを足がかりにやってくる陸上種を防ぐために橋を落としといたはずや。それを未だにやっとらんとは、指揮に関しては素人と言われても仕方あらへん」
淀屋はふんと鼻を鳴らした。
「おおかた中之島の兵や一般人が通るとでも思っとるんやろうな。考えが甘いわ。儂はここまで妖怪が多い段階で兵を地上に出すほど無駄遣いせんし、みんな地下壕の存在は知っとる。命令がなきゃ、妖怪と戦ってまで突破するより隠れる方を選ぶやつが大半や」
「しかし、地上にまだ人がおるかもしれん。それを逃がすのが無駄だと?」
「敗残兵や一般人が隊列でもくんで、きっちり橋を渡ってくると思うか? 途中でばらけて、まとまっても数人単位でしか渡ってこんやろ。効率が悪すぎる。人道的にはそれで良くても、妖怪に陣取られることを考えたらアホ以外の何物でもない」
新は反論しようとしたが、言葉がみつからない。冷徹だと言おうとしたが、戦場を経験した淀屋はそれを甘いと笑うだろうし、新が説得したくらいで何か兵に命じることもあるまい。新は話題を変えた。
「どうして敵の狙いが、和泉を基地から出すことだとわかります?」
「後ろの画像見ろ。それでわからんようなら、儂はそんなボケと会話すんのはごめんや」
淀屋はぞんざいに顎をしゃくった。仕方なく、新はカメラからの画像をじっと見比べる。数分画像を見つめていると、新は明らかに敵の配置がおかしいことに気づいた。
「おい、なんでこの一角だけ敵の配置がこんなに薄い」
淀屋は質問には答えない。が、唇をつり上げてにやっと不気味に笑った。考え方は合っているのだ。
明らかに敵の配置は市内から海側にかけて多くなっていた。対して、基地裏側の道はいくぶんすいている。罠だ、と新は確信した。




