ニンジャラボチョウ
「政治家の首をおさえてるわけですか。しかし、それでよく軍部から文句が出ませんね」
「しょせん軍も、予算がないと何もできひんからなあ。親父たちが出しとる巨額の拠出金を失うのが怖いみたいで、今のところだいぶこっちの意見を聞いてくれとる。
ただ言うても親父は軍人やない。戦場の体験がないから、作戦の細かいとこまで口をつっこんだりはできへんな」
ふうん、と怜香はうなずいた。
「近くても神戸と様子が違いますね。デバイス使いは今どれくらい?」
「少し増減はするが、大体Aクラスが三百人くらいや。Bも含めればもっとおるが、よっぽど特殊な能力がない限りBクラスは予備隊扱いやった。しかし三千院の坊ちゃんがずいぶん頑張るもんで、うちでも少しBクラスの扱いを見直そうかという動きが出とるわ」
和泉はエレベーターの前で暗証番号をうちながら、振り返って怜香に笑いかけた。怜香も笑みを返しながら、是非そうしてくださいと言う。
和やかな雰囲気のまま、一行は地下行きのエレベーターに乗り込んだ。あっという間に目的階に到着する。大和はいよいよ気が重くなってきたのか、一番最後にしぶしぶ外に出た。彼が壊れたデバイスを持つ手は、早くもカタカタ震えている。
一階降りると、階の雰囲気ががらっと変わる。暖色のライトがともり、過ごしやすそうだった上階とはうってかわって、ここは肝まで冷えるような青白い蛍光灯の光になっていた。それがしんしんと殺風景な廊下を照らしている。
廊下には実験室から出たごみや、使用済みの青いポリバケツがずらりと並んでいる。何やらぶつぶつ呟きながら、姿勢の悪い研究員たちが早足で廊下を歩いていた。
「ラボ長の東雲さんはこの時間なら、核の培養室におるはずや」
和泉はさすがに棟内の構造をすべて把握しているようで、迷うことなくすたすたと進んでいく。大和は、どこもかしこも見覚えがないと首をひねっていた。
「お前、大阪の人間がそんなことではあかんやないか」
「女の子がおらへん施設やと、どーにも興味が……」
「東雲さんがおるやないか」
「あれは変態や。俺の管轄外や」
和泉の問いに、大和は即答する。それによって和泉に更に怒られたが、本当のことを言ってなにが悪いと大和はうそぶいた。
「あのう、東雲さんって結局どんな方なんですか」
怜香が横から聞く。
「デバイスの研究にえらく熱心な人で、研究者としての技量は間違いない。……まあ、その情熱がややいきすぎる場合はあるんやけどな」
「この前なんか、三日三晩研究室に飲まず食わずでこもって救急車呼ばれとったやろ。『やや』なんてもんやないで」
「でも、そんな人にメンテナンスしてもらえるなんていいねえ」
怜香が呑気に言うと、大和は激しく首を横に振った。
「ようないようない。なんせ、人間よりデバイスの方が好きやと言い切るくらいのマッドサイエンティストやからな。デバイスに傷でもつけて帰った日にゃ、どれだけ恨みがましい眼でみられることか」
「大げさに言うな。おまえがしょっちゅうデバイスを壊すからやろうが。俺にはそんなに当たりキツないで」
兄弟が言いあうのを聞いていた怜香が、いったいどっちの言うことが正しいのだろうと首をひねったその時、急にふっと煙草の匂いが廊下に充満する。大和の背中に、嫌な汗が流れだした。
「誰が変態やって?」
「おや、これは東雲ラボ長」
「お疲れ、兄。そこでこそこそ逃げ出そうとしてる弟、なんかうちに言うことはないんかい」
本能的に逃げ出そうとしていたのを東雲に見とがめられ、大和はおそるおそる声のする方に向き直った。
目の前に立っていたのは、若い女だった。今時だれもかけていない、ファッション性ゼロのビン底の眼鏡をかけている。そしてなぜか右肩が下に傾いた変な姿勢をとっており、その不自然な動きは見るものすべてを不安にさせた。
「こんにちは、そして永久にさようなら」
「待たんかコラ」
海老のように後ずさりで遠ざかろうとしていた大和の前に、東雲が立ちふさがる。カクカクと妙な方向に関節が動くくせに、妙に素早い。そのおかげで彼女のあだ名は『ニンジャ』である。
「……デバイス、壊してもうたんで直してください」
非情なニンジャに廊下の角に追いつめられた大和は、しぶしぶ言葉を絞り出した。東雲は数秒間、首を曲げたまま固まっている。
「最初からそう言えばええのよ。貸せ」
東雲が白い手を出す。大和がそこにデバイスを乗せると、脱兎のごとく彼女が駆けだした。みるみる小さくなっていく東雲の背中を見ながら、大和はずるずると尻から廊下に滑り落ちた。
「ほら、別に普通やったやろ。怖がりすぎや」
和泉が呑気な事を言う。「あの奇妙な首の曲がり方を見ても、何とも思わんのか」と大和は兄に詰め寄った。
「東雲さんはあれが普通や」
「ま、ええわ。終わった終わった。しかし、それにしてもえらいあっさりしとったな。壊したときの状況すら聞かへんかったのはなんでやろ」
大和は首をひねったが、数秒後にはどうでもよくなったらしく、元気に腹を鳴らしていた。それは葵の送った手紙のおかげ、ということを知っている怜香が、やけににこにこ笑っていたのだが、彼はそこまで気づかなかったようだ。




