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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
飛べよ翼が小さくとも
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嫌われ者は居ぬ時が華

 声もデカいが、これだけの長さを息継ぎなしで一気に言い切る舌の回りもたいしたものだと大和やまとは妙に感心した。大和の横に立っている怜香れいか唖然あぜんとしているが、和泉いずみだけはすたすたと室内に入っていく。慌てて大和も後を追った。


淀屋よどやさん、相変わらずお元気ですなあ。しかし、今井はんよりあんさんの声の方が大きいありませんか」


 和泉が話しかけているのは、車いすに座った老人だった。ひどく小柄で、しなびた茄子のように顔に細かい皺が無数に入っている。頭髪もなくつるっ禿げなわりに体毛は濃く、腕が猿のように白い毛でおおわれている。ぱっと見では百を超えていようかと思えるくらい老けこんでいた。


 顔立ちも、お世辞にも美男子とは言えない。目が小さいのにやけに口が大きく、鼻は昔話の魔女のように大きくとがっている。濃い眉毛の下から、意地悪そうな漆黒の目がぎろりと周りを見据えていた。


「なんじゃ御神楽みかぐらのクソ真面目とあかんたれの坊主が二人も揃うたんか。ケツに毛え生えてから来いやこのアホンダラが」

「残念ながら、俺らのケツに毛は生えませんなあ。あんさんほど毛深ければ別ですが」


 和泉は老人から飛んでくる罵声をかわしつつ、壁際に置いてあったパイプ椅子に座る。大和も続けて腰を下ろした。


「淀屋さん、今は息子たちのことはどうでもよろしい。負担金のことや。どう考えてもあんさんの商売の規模考えたら、びた一文出さへんというわけにはいかへん。子供でもわかることでっせ」


 まだ顔を真っ赤にしている淀屋に声をかけたのは、大和の父だった。横に大きい母と反対に、背は高いがひどくやせている。


「だぁっとれ。儂んとこは別に困ってへんのや、やるならお前らだけで勝手にせえ」

「今は困ってへんでしょうなあ。今は、ね。しかしよう考えてみなはれ、儂らがあかんようになったら、妖怪どもの矛先がどこへ向かうか。まさかあんさんのとこだけ、妖怪たちから見逃してもらえるなんて甘い考えではないでしょうな」


 父はにっこり笑ったまま、淀屋に脅しをかける。横の席から、賛成の声があがった。見ると、小柄だががっちりと全身に筋肉のついた男が手をあげている。そのまま皿にできそうな真四角の顔が、淀屋に向いた。


「せやせや、これは投資やで。将来のためやがな」


 わざと大げさに困った顔をしているのは、津田という電子機器の会社の社長だった。父とは昔から仲がよい。今回もぬかりなく父の援護に回ってくれていた。


「そうよ、うちなんか不景気でたまらんわ。淀屋さんに助けてもらわな、にっちもさっちもいきませんのや」


 猫なで声の女が、会話に加わった。繊維会社社長の今井である。目を丸ごと囲んでしまうくらいの太い漆黒のアイラインを引き、死人も起きるようなどピンクのスーツをまとっている。不景気だと言う割には、今井は十本の指全てに、巨大な色石がはまった指輪をしていた。


 淀屋を除いて、室内の人間の意見は一致している。表情はにこやかにしているが、「貴様がうんと言うまでいつまでも待つぞ」という脅迫じみた殺気が室内に充満していた。


「……二割や。それ以上はびた一文譲らんで」


 渋々、といった苦い表情を隠しもせず、淀屋がつぶやいた。言うやいなや、彼は車いすを急回転させて一行にそっぽを向く。他に話しあうこともなかったのだろう、会議室の面々は口々に礼を言いながら彼を送りだした。


 帰りかけた淀屋が、ぴたりと入り口で動きを止めた。ドアの外で会議が終わるのを待っていた怜香を見て、口をとがらせる。


「なんじゃ、裏切りモンの娘が今度は盗み聞きか」

「よくご存知ですね」


 心底憎々しげな表情をしている淀屋に向かって、怜香はにっこり笑う。しかし淀屋は機嫌を直すどころか、一層顔をゆがめた。


「お前のおとんは、稀に見るドグサレや」

「私もそう思います」

「関係ありませんてツラしおってからに。お前もお前じゃ。三千院のボケとつるんどるような奴にろくなのはおらん。言うとくが、今後儂のシマに一歩でも足を踏み入れたら蜂の巣にしたるで」

「あら怖い」


 怜香はさして怖そうな顔もせず、そっぽを向いたまましれっと言った。淀屋はふんと鼻をならし、「ホントにおまえ車椅子か」と言いたくなるようなスピードで廊下の向こうに消えて行った。


「……行った?」


 会議室の中から、今井の声がする。秘書がエレベーターまで確認に行き、「帰られたようですねえ」と言うと、一気に場の空気が弛緩した。


「ああああああああああ、あのジジイがおらんと空気がおいしいわああああ」


 派手に上体をのけぞらせながら、今井が叫ぶ。父も津田も、苦笑いしあっている。口には出さねど、気持ちは彼女と同じようだ。


「今井のねえさん、お疲れ様でした。ようこらえてくれはりましたな。コーヒーでも入れ直しましょか」

「せやねえ。お客さんの分も持ってきてもらわなあかんし。坊も嬢ちゃんもアイスコーヒーでええか?」


 大和たちがうなずくと、またたく間に氷の入ったコーヒーが円卓に運ばれてきた。席はたっぷり余っていたため、大和たちはめいめい好きな席につく。

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