人と言うより妖怪寄りの爺
「怜香ちゃん、どうする? 俺たちは本部まで行くけど、家におってもええで。なにも進んで嫌な目にあうこともないわ」
「大丈夫よ、行くわ。悪口くらい、もう聞き慣れてます。あっちから手を出してきたら、痛い目にあっていただくかもしれませんけど」
怜香は平然と答える。隣でそれを聞いた母がころころと笑った。
「しっかりしたお嬢ちゃんやこと。淀屋は口はそりゃあ達者やけど、体がちと難儀やから、手まで出してはこんでしょ」
「それなら問題ないです。おいしいご飯、ご馳走様でした」
怜香が頭を下げ、席を立った。話を黙って聞いていた和泉が、車を回してもらうと言って席をはずす。大和も気は進まないが、仕方なく食卓から離れた。
「晩は何時頃帰ってくるの」
母がすかさず聞いてきた。外で食べてくると言っても「何を言うか」と怒られるばかりなので、ありがたく大体帰るであろう時間を告げておく。
「優しいお母さんねえ」
怜香がうっとりとした顔でつぶやく。
「感心せんでええ。お袋は痩せた女の子を見ると、デブ仲間を増やそうとしてようさん食わすんや」
大和がそう言うと、程良い回転がついたスリッパが飛んできて、後頭部にブチ当たった。
☆☆☆
軍本部と大和の実家は近い。何かあった時にすぐ駆け付けられるように近いところに家を買った、と大和は父から聞いたことがある。
「大阪の司令部は、大阪城付近にあるんですよね」
怜香が和泉に聞いた。和泉はそうやで、と言いながら話し始める。
「あそこはもともと難攻不落の城と言われたくらいの地やし、なんといっても地下水が豊富や。籠城するにはもってこいやからな」
「堀で囲まれていますから、橋を落とせば侵入経路がかなり限られてきますからね」
怜香が感心したように頷く。
一行を乗せた車は大手門を通り、基地手前の駐車場にさしかかった。大きな戦車や装甲車が何台もずらりと並んでいて、威圧感がある。元は庭園や迎賓館があった場所なのだが、この数年で随分と様変わりしてしまった。
桜門の前で車を降り、大和たちはゲートへ歩いて行った。がさり、と音がしたのでそちらを見ると、芝生の間から機銃がこちらを狙っているのが見えた。門の上にも、防衛のために同じような設備があると父から聞いている。守衛が大和たちに近づいてきた。
「通行証をお願いします。終わりましたら、指紋と瞳孔の認証も」
「俺やで、俺」
守衛に大和が言うと、彼は苦い顔をした。
「もちろんそのお顔は存じ上げていますが、偽物かもしれませんしねえ」
「うっそーん……あ、いや、兄貴、分かった、俺が悪うございました」
大和が守衛相手にごねていると、後ろから和泉に耳をつねられた。仕方なく所定の手続きを済ませるための列に並ぶ。十数分かけてようやく、通行が許された。
「坊ちゃま、お帰りなさいませ」
ゲートをくぐった大和たちを真っ先に出迎えたのは、父の秘書だった。人の良さそうな狸顔の彼女に誘導され、一行はエレベーターで会議室まで直行する。そこで父が、大阪の有力者たちと会談していると説明された。
「やっぱり、話題はあの猫又どものことか?」
大和は和泉に聞いた。案の定、そうや、という憂鬱そうな声が返ってきた。
「ここは大きな人類側の拠点や。妖怪どもに落とされんように、できるだけ山を崩し川の流れを制限して、道路の見通しをよくしてきた。カネはかかったが、それだけの効果は十分あったと思う。が、奴ら、最近戦法を変えてきたんや。
人間のゲリラのように、四・五体で小隊を組んで夜間に行動する。狙いは電線や水道管の破壊、発電施設や線路の破壊。いやらしい奴らやで」
「水に電気、輸送の大動脈である鉄道の破壊ですか……成功すれば、大阪は人口が多いだけに大混乱になりますね。デバイス使いはどうしてます?」
怜香が和泉に聞いた。
「もともと、大阪は兵の数が多かったおかげで妖怪の被害が少なかったんや。しかし反面、余裕こいとったせいでデバイスの導入が他の二都市に比べてだいぶ遅かった。そのせいでデバイス使いは慢性的に不足や。なかなか小規模な襲撃にまで動員できへん」
「……それはそれは。急に増えるものでもありませんしねえ」
「せや。やからとりあえず一般警備兵の増員と、夜間灯の増設が決まったわけでな。そのためのゼニを誰がどんだけ出すか、っちゅう話し合いをしとるらしいわ」
登り続けていたエレベーターが止まった。秘書が先行し、白にやや黄色がかかった壁が続く廊下を、大人三人が並んで歩く。廊下には絨毯もなく、殺風景だった。時々パソコンが置いてあるデスクがあり、男が数人将棋ゲームで遊んでいた。
一行は窓のない白いドアの前までやってきた。秘書がドアを横にスライドさせる。そのとたん、大和の耳に大音声の罵声が飛びこんできた。
「できんできんと何べん言うたら分かるんじゃこのババア! ほたえんのもええ加減にせんと足縛って大阪湾に沈めたるぞ!」




