親子漫才
玄関をくぐるとすぐに、リビングが目に入る。客が多いこともあり、御神楽家のリビングには扉がない。アーチ状の開口部からは、座り心地の良さそうな黒のソファが見える。商談など、内密な話がある場合はここから奥の個室へ移動するのだ。
葵の家と違って、庭はあまり広くない。広大な日本庭園や背後に連なる山々などがあるため、敷地の広さは圧倒的にあちらが上だろう。しかし、家の作りとしてはやっぱりうちがおしゃれやな、と大和はひとりごちた。
「お袋、今帰ったで」
和泉が先頭に立ち、リビングに向かって声をかける。その声を聞きつけて、ぱっと女が一人駆け寄ってきた……だいぶ肉がついているので、駆けたというより歩いたという方がよさそうな速度だったが。
「お帰りい」
「おう、ただいま」
いかにも人のよさそうな、下ぶくれのおたふくのような母に向かって、大和は雑に手を振った。案の定、母はそれでは済まさずにばしばしと肉厚な手で過剰なおさわりをしてくる。へえへえ、と言いながら大和はそれに耐えた。
「なんやの、つれない子やねえ」
「前より肥えとったからわからんかったわ」
大和は皮肉を言ったが、母は特にこたえた様子もなく、「そやねん」と深くうなずいた。そして彼女は仕立てのいいたっぷりとしたワンピースの中から、携帯電話をおもむろに取り出した。
「でもな、お母ちゃん、やったらできる子やねんで。ほら、昔はこんなやってん」
確かに差し出された画面には、モデルもかくやと思わせるようなスレンダーな母の姿があった。ただし、年齢が三十年ほど若いが。どうして太っている人間は、必ず『痩せてた頃の』写真を持ち歩くのだろう。見せられた方が困るだけだろうに。
「三十年前やないか、それ」
「一度できたことはいつでもできるんや」
自慢げに胸を張りながら、母はおもむろにポケットから取り出したマドレーヌをかじり出した。あかんわこれは、と大和は内心ため息をつく。
「あら、まあまあ。いらっしゃい。ほら、こっちに座りい」
母が怜香に気付いて、明らかにはしゃいだ声をあげる。はい、と言いながら怜香は少し緊張した表情でソファに腰掛けた。
「和泉も大和も気がきかんねえ、こういうときは男から座りい、て言うてあげるもんやで。気がきかへん男はモテへんさかい、気をつけや」
母ににらまれて、男兄弟二人で肩をすくめる。
「お嬢ちゃん、ごめんねえ。お詫びと言ってはなんやけど、うちの息子のどっちか婿にいらんかしら」
「……あのう……もったいないお話ですが……」
前のめりになっている母に、言いにくそうに怜香は断りを述べた。
「あら、ええ人おるのね。仕方ないわなあ。ほな頑張って落としや。という訳やさかい、残念やったな二人とも」
まさかすでに口説きましたとも言えず、大和は苦笑いする。その場から逃れるためか、和泉が「飯にしようや」と食卓を見ながらつぶやいた。
「あら、ほんまや」
母が慌ただしく立ちあがり、炊けたところの白米をおひつによそってもってきた。各自、できる範囲で食事の準備を手伝い、そろって食卓についた。
六人がけのゆったりした卓の上に、所狭しと母お手製の惣菜が並んでいる。わしわしとそれを口に詰め込みながら、大和は懐かしい味を堪能した。
男二人がもりもりと食べたおかげで、最初は山盛りあった飯もあらかたなくなった。食事が一段落したところで、そう言えば、と和泉が腹をさすりながら話しだす。
「親父は?」
「ああ、昼から本部に詰めとるわ。お偉いさんたちが集まっとるみたいでな。会いたいなら、顔を出してきたらええ」
「お偉いさんて言うと」
「今井の奥さんと、津田のお父さん。それに、淀屋の腐れじじいやねえ」
「さ、最後だけえらく扱いが違いません?」
怜香が顔をしかめて母に問いかける。母はまたどこから出したかわからないマドレーヌをもさもさとかじりながら、悠然と答えた。
「だってそれ以外に言いようがないからねえ。うちの人に会いに行くのはかまへんけど、久世さんは淀屋に何を言われても気にせえへんことやね。ほんまに可愛げのないじじいやさかい」
「あの、私のことを知っておられるのですか?」
おそるおそる、怜香が母に聞いた。母は大きな腹を揺らしながら笑う。
「有名になった顔を忘れては、商売人の女房は務まらへんの。しかし、あんたもお父さんのとばっちりで大変やったな」
「あ、ありがとうございます」
怜香の顔を見た時点で、母は彼女が何者かわかっていたらしい。相変わらずの記憶力の良さやな、と大和は舌をまいた。
「淀屋のじいさんは面倒でも、親父には会わなアカンやろうなあ。俺、デバイス壊してしもたから」
「まっ」
大和の一言を聞くなり母が目を吊り上げた。長い説教が始まる気配を察知し、大和は慌てて怜香に話しかける。




