出来の良い兄を持つと
大和は、怜香の背にかばわれていた。なすすべなく目の前の敵を見ているしかないきまり悪さで、顔が赤くなる。軽口をたたく余裕もなく、唾を何度も飲み込んだ。
四方八方から襲ってくる猫又たちの鋭い爪が、大和の頬をかすめた。ざっと見たところ、少なくとも十数体の敵が二人を取り囲んでいる。
遮るもののない大通りの真ん中でいきなり襲われたため、大和たちの身を隠してくれるものはなにもない。逆に猫又たちは、さっさと飛んではビルのくぼみや街路樹の中にその身を隠している。
悪いことに猫又たちの攻撃は散発的で、敵がやってくる方向に規則性がない。時々不気味なほどぴたりと攻撃がやむが、「やれ助かったわい」とこちらが動き出そうとすると、即座に死角から攻撃がやってくる。
今ここで二人の他に、猫又とやりあえそうな戦力はいない。ただ一人、乗ってきた車の運転手がいるが、彼は軍属であっても対妖怪のスペシャリストではない。装甲車に傷が増えてタイヤも全てパンクしている中、恐怖で車から飛びだしてこないだけでも上出来と言えた。
大和は額の汗をぬぐった。怜香は任務中だが、大和は私用で行動しているため、服装も普通の冬服だ。白いセーターに少し色のあせたジーンズ、足元はスニーカー。一張羅のベージュのコートは、さっき猫又に思いっきり引っかかれて、もう使い物にならなくなってしまった。
猫又たちがまた、大和の目の前を通っていく。本物の猫と同じように、白もいれば茶のまだらもいる。真っ黒な猫だけはいなかったが、色も体の大きさもばらばらだ。ただ、全員鋭い牙と爪を持っていることだけが共通していた。
実際の猫はひどく気まぐれで、集団行動などあまりしないものだが、今回の猫又たちは見事に統率がとれていた。大和と背中合わせの怜香が銃で威嚇し、ヴァルキリーが槍をふるっても全くひるんだ様子がない。
ぴちゃりと大和のスニーカーに、液体がしみこむ。不気味なほどにどす黒いそれは、人の血だった。対抗手段を持たぬまま、首筋を切り裂かれた不運な通行人たちの流したものだ。彼らのもの言わぬ口が、空しく開いている。
運よく獣の爪から逃れられた一般人が、物陰に必死に隠れながら、電話で警察に助けを呼んでいる。が、警察では妖怪相手に太刀打ちできない。どうせ電話するなら、軍にかけてほしいと大和は思った。が、当然そこまで言いに行く余裕はなかった。
大和がしっかり握っていたショルダーバッグに、猫又の爪が当たる。とっさにそれをかばうと、猫又たちは意地が悪いことに、執拗にバッグのみを狙い始めた。いけずやなあ。どっかの誰かにそっくりや、と大和の口から思わず言葉が漏れる。
もはや、猫又たちの攻撃をかわし続けるのも難しくなっていた。大和は武器を持たぬまま、猫又をにらみつける。
自分をかばいさえしなければ、怜香はなんとかこの囲みを突破できるはずだ。幸い少し走れば、ビルが立ち並ぶ通りに入れる。遮蔽物があれば、少しは持ちこたえられるはずだ。大和は勘で、猫又の数が最も少ないであろう方角を予想する。ぐっと体をかがめ、飛び出すタイミングをうかがった。
「じっとしてて!」
怜香が、大和の体の動きを察知して叫んだ。が、大和はその声を聞いた時にはもう、地面を蹴って走り出していた。
たかだか数十メートルのはずなのに、やけに空気が重く感じる。止まっていた大型バスの横をつっ切ろうとした瞬間、大和は思い切り足を払われて地面に倒れた。
「!」
素早く反転して起き上がると、さっきの集団とは明らかに雰囲気が違う黒一色の猫又たちが、冷たく大和を見下していた。どうやらこいつらは、囲みを破った人間だけを襲うために身をひそめていたらしい。
「こら、まいったな」
大和は完全に追いつめられたことを自覚して、顎を高く上げた。自分がデバイスさえ使えれば、という後悔がちらと頭をよぎるが、今更それを言っても仕方がない。最後くらいは暴れよか、と覚悟を決め、拳を握った。
その時ごう、と突風が大和の髪を揺らした。大和の背後から、びたんと派手な音がする。見ると、猫又たちが風に押しつぶされて、ビルの壁に押し花のようにはりついていた。風圧から逃れようとするものの、体全面に吹きつけてくる強烈な風の力に対して、彼らはあまりにも無力すぎた。
「大和!」
自分を呼ぶ声がして、大和は振り向いた。大和の視線の先には、すらりと背の高い男が腕組みをして立っている。年は二十代前半、ぴしりと皺やくずれのない黒い軍服を着こなしている。
銀縁の細いフレームの眼鏡から見える漆黒の目が、容赦なく大和をにらみつけていた。大和が見慣れた、男がお説教の前にする目だ。
「兄貴、悪い。助かったわ」
「全く、昔からアホなことばっかりする弟で困る」
肩をすくめながら、兄は大和の頭に手刀を振り下ろす。手加減してもらえるかと思いきや、結構本気で痛かったので大和は顔をしかめた。
本日から大阪編。兄弟ものを書き上げる予定であります。
作者が新人賞向けの原稿を書いている間は、一話2000文字程度、文字数少なめでお届けします。
感想がないと作者が干上がってしまうので、気になる点や面白い点がありましたら
一言でもメッセージいただけると嬉しいです。
(めんどくせえ作者)




