蛟の躍進
祈愛とかいうそいつの娘も傑作だった。
「こんにちは……父の非礼を詫びに参りましたの」
そう言って顔だけしおらしくしている割には、胸元がえげつなく開いた赤のドレスを着ている彼女を見て、昴は肩をすくめた。要への色仕掛けで、なんとか自分だけでも甘い汁を吸いたいのが目に見えている。
「要様にお会いしたいのです……二人でじっくりお話すれば、きっとこれから良い関係を築けますわ」
祈愛が不必要に体をくねらせる。昴は必死に笑いをこらえた。
「あたしは同性愛のケはねーぞ。あってもお前みてーなブスは願い下げだが」
要がそう言いながら振り向くと、祈愛の顔が凍りつく。「要」という名前だけ聞いて、男だと思い込んでいたのだろう。二の句が継げず、金魚のように口をぱくぱくさせた。
要はじっくり見るのも嫌だといわんばかりに、祈愛の胸ぐらをつかんで部屋の外まで一気に投げ飛ばした。祈愛は奇妙な体勢で廊下にくずおれたが、だれも助けようとはしなかった。
その他小さなトラブルはあったものの、富永のお家断絶は粛々と進んだ。ただし順調すぎて、響が用意していたネタをほとんど使わなかったため、彼女だけはえらくおかんむりだった。昴が新しいハードディスクと高速回線とVRゲームを与えて、ようやく落ち着いてくれたが。
一連のごたごたが終わったところで、要の三佐就任会見を開くことになった。今まで彼女はアメリカ軍預かりで、この国の軍での階級は持っていなかったのだ。
そういう裏事情を全く知らない議員たちは、にこにこしながら話を続ける。
「ご家族に被害がなくて何よりでした。ああそうそう、新しく娘さんが着任されたとか」
「ええ、ふつつかものの娘ですが」
「御謙遜を。いきなり三佐での着任ということで、こちらでも噂になっておりますよ」
「たまたまですよ」
そう言いながら昴は遠い眼をする。三佐と言った時の娘の不満そうな顔がふっと頭をよぎった。ナンバーワンに慣れている要はどうせなら一佐がいいと言っていたが、流石にそれは無理だった。
葵と同じ一尉はどうだと言ったら、今度は葵がそんなわけなかろうと謎のむくれ方をしたので、昴は諦めた。全く二人とも、贅沢の言い過ぎだ。
「で、娘さんはどちらに」
「今頃、下で着替えているころでしょう。見苦しくない恰好でごあいさつしなければなりませんからね」
「終わってるぞ親父」
背後から要の声がして、昴はきゃっと言って数センチ飛び上がった。乙女かよ、と要にからかわれて昴の頭に血が上る。
「こらっ。こちら田中先生と西先生だ。ご挨拶しなさい」
「はろー」
昴が怒っても要は全く気にせず、議員に向かって手をあげた。一応サービスのつもりなのか、にっこりとほほ笑んでいる。議員たちは憑かれたように要の顔をじっと見ていたが、次々と廊下に四つん這いになった。
「椅子としてお使いください、女王様」
「いらねーよ」
要は冷たく切り捨てたが、議員はまだ廊下でうずくまっている。彼らにマゾの気があったらしい。昴はなんだか悲しくなったが、うずくまっている彼らはひどくわくわくした顔をしていた。
「……行こうか」
「おう」
どうしていいか分からなくなった昴は、議員たちを置いて歩きだす。要が素直に後に続いた。
就任会見の会場は、すでにみっちりと軍服姿の人間で埋まっていた。一般には非公開の会見のためカメラの姿はない。
葵が背筋を伸ばしたまま、最前列の椅子に座っていた。昴はその隣に腰掛ける。要はすたすたと壇上に上がっていき、マイクの前に立った。モデルのようなすらりとした美女の登場に、会場の温度が一気に上がる。要はさっそく話したそうだったが、司会者に止められていた。
お披露目の前触れとして、司会者から要の経歴が読み上げられる。周りはいちいちどよめいていたが、昴と葵にとっては珍しくもないため、うつろな瞳で壇上を見つめていた。
「悪いな、お前の昇進がなくて」
昴は小声で葵に話しかけた。今回、葵の昇進も考えたが、流石に十三歳で佐官というポストは重すぎるという結論になり、一尉のままであった。普通に考えると一尉でも高すぎるのだが、葵にしてみれば不満かもしれない。
「妥当だろ」
「……本当にそう思ってるか?」
「当たり前だろ、なに考えてるんだ。四十代の一尉が聞いたらどう思うよ」
葵が建前を言っている様子はない。昴は安心した。そうか、これから頑張れよと言って息子の肩をたたいた。
ようやく司会者の長い前置きが終わり、要が口を開く。
「えー、御紹介にあずかりました三千院要、です」
普段のべらんめえ口調はさすがにここでは封印している。その分、要はしゃべりにくそうにしていたが、会場からはしきりに拍手があがっていた。
「歓迎ありがとう。アメリカから今更なにしに帰ってきた、という声もあるでしょうが、それに対して私の答えは一つ。この戦争に勝つためです」
明確な一言に、会場の空気が震える。富永の赤い獅子の紋章旗はすでに取り払われ、要の背後には青字に金で描かれた蛟が二匹、円を描いていた。
会場の温度は上がるばかりで、昴は手を団扇代わりにして顔をあおいだ。周囲は天才の口から出た「勝利」の言葉に興奮しているのだろうが、要がこの一言に込めた本当の意味を昴は聞いていた。
妖怪を滅ぼしつくすのではなく、勝利したうえで共存のための新たな道を捜すのだ、と要は言った。面白い、天才はやはり一段高いところを目指す。正直そんなことができるものかと昴は思うが、まずはやれるところまでやってみるがいい、後ろは自分が引き受けよう。
隣の息子と目が合う。葵は黙ってひとつ頷いた。彼も同じことを考えていたのだと気づき、昴はにやりと笑った。
これにて第三部完結です。次回から第四部、舞台は大阪になります。
大和が出まくるよ。
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(めんどくせえ作者)




