I have a dream
基本的に日本刀は一撃必殺がモットーであり、時代劇のようなつばぜり合いの殺陣はほぼしない。刃がかけて使いものにならなくなるからだ。しかし疾風と要は、そんなことは知ったこっちゃないと言わんばかりに激しく斬り結んでいる。
がきん、と互いの刀がかみ合ったまま硬直する。どちらかが力を抜けば斬られるこの状況で、二人とも妙に楽しそうにしていた。
それはまるで、達人同士の約束された演武のような、無駄のない舞い。加勢しようと思えばできるはずの天狗たちも、おとなしく疾風の言いつけを守っていた。
「面白い奴」
「……貴様のような奴に会えるとは、俺も思わんだ。残念だ」
斬り合いの最中に二人の笑い声さえ聞こえてきた。葵は信じられなくなって頭をかく。
「会って五分で何を残念がってんだよ、坊や」
「ここで俺が殺すからだ」
疾風がそう言いながらぐっと踏みこむが、要は軽くいなす。彼女の鍛えられた筋肉の付いた細い体が、ひらりと動いた。
さっきまでとうってかわって、覚悟を決めてきっと口を一文字に結んだ疾風に向かって、要は相変わらず楽しそうに笑いかけた。
「面白い奴なら生かしといたらどうだよ。この時代、あたしほど強い奴はなかなか貴重だぞ?」
「お前は確かに少し面白い。だが、人への恨み、その程度で消えるほど安くない」
「あっはっは! 妖怪もそうか」
派手に拒否されたというのに、要は今までにも増して盛大に笑った。真面目に言ったことを大笑いされた疾風の顔に血が上る。
「何がおかしい!」
顔を赤くして睨みつける疾風に、要は今度は穏やかな顔を見せた。
「妖怪と人間が同じこと考えてるもんだなと思ってよ。恨みってのは十年二十年で消えるもんじゃねーなあ。特にお前ら寿命が長いし。やれやれ、一回は妖怪とサシで茶でも飲みたいもんだが、なかなか遠い夢だわな」
「理解しあえるなど、幻想だ。貴様が死ぬまで茶など飲めん。骨くらいなら出汁に使ってやっても良いが」
疾風が再び要に斬りかかり、鋭く刃の鳴る音が山道にこだました。要は疾風の体に向かって稲妻を飛ばし、体勢が崩れたところを容赦なく蹴り飛ばす。派手に地面にたたきつけられた疾風を見下ろしながら、要は真顔で言った。
「そんなこと言っちゃつまんねーだろ。あたしは意地でもお前らと人間どもに同じ卓で茶を飲ませるぞ」
「なぜそう言い切る?」
「人外の存在がいねー国ってのは、寂しい。それは死んだ国になる。葵たちはここから外に出たことがないだろうから知らんだろうがな」
話を振られて、葵は姉を見つめた。要がいたのはアメリカだ。世界各国、ありとあらゆる人種が集まってくる。要はきっと、その人たちから自国の話を聞いたのだろう。
自分が久しくきいたことのなかった、親しみのこもった人外のものたちへの話を聞いて、彼女はいったいどう思ったか。それが、これから語られるのだと葵は悟った。
「共存するったって生活のしかたも風習も違う。べったりする必要もねえし、離れて住んだ方がお互い幸せだ。それでもいいから、たまにゃ遊ぼうぜ。そういう国になりゃいいんじゃねえの」
「なれるものか! 百年たっても恨みを忘れはしない!」
起き上がって刀を向けてきた疾風に、要が向き合う。
「百年じゃ無理かねえ。なら、千年だ」
「途方もない阿呆だな。千年も経てば、貴様はとっくに墓の中だろ」
「いいのさ、それで。お前らのことは知らん。が、人は何も起こらず千年たって、恨みつらみをためこんだ世代がきれいさっぱり死に絶えないと本当の意味での融和なんか無理なんだよ。
あたしたちにできるのは、後ろの世代が決断するための材料を残すことだけさ。所詮この世はうたかたの夢、屍の後に残るものこそ価値がある。最後の世代で勝ちゃあいいんだよ。人間ってのは、そういうもんだ」
要は右足を引き、半身でするりと疾風の一撃をかわす。
「あたしやお前の残したわずかな一事が、積もり積もって千年後のお茶会になるのさ。気長に待つこったね」
「本当にやる気か」
「そう難しいことじゃねえ。たとえば、俺は今ここでお前に敬意を示す。弱い弟たちや敗残兵を狙うこともできたのに、真っ先に一番強いあたしと勝負しようとした。だから、あたしも正面から戦う。生き残れたら、こういう妖怪がいましたよと日記にでも書くか。
あんたもそうやって、あたしのことを語り継いでみないか。天狗なら、千年後の茶会まで生きていられるかもしれねえ」
要はそう言い終えると、構えの姿勢をとった。剣からばちりと電気が立ち上り、青い光が疾風を照らす。
「……そんな義理はない」
若武者の周囲から、ゆらりと紅い炎がたち登る。さっきの神阪のマグマとは違い、風のように自由に動き回り、若武者の周りを固めた。
彼の視線が、何かを考えているように一瞬上に動く。目ざとくそれを見つけた要が、口元を吊り上げた。
「心配すんな、あたしもお仲間にゃ当てないから」
疾風が顔を上げて、きっと要をにらんだ。見透かされた怒りからか、肩が上がる。しかし、仲間に向かって逃げろということもなく、再び要に向き合った。
葵の頭上からがさごそと音がする。見ると、この前屋敷に侵入してきた紫髪の女が、木の上にちょこんと腰かけていた。相変わらず、戦場には不釣り合いなレースたっぷりのゴスロリ服を着ている。
「うふふ」
彼女は何が面白いのか、にこにこと笑って二人の戦いを見ている。おそらく天狗たちの仲間なのだろうが、若武者を助けに入る様子はなかった。
「あ、見つかっちゃったー」
緑の背景に紫髪、ゴスロリの黒ドレスで見つからない訳がないだろ、と葵は内心でつっこみを入れる。葵は糸を飛ばして女を捕獲しようとしたが、帽子の中からぴょんと出てきた鳥がばりばりと糸を嘴で切ってしまった。自分の糸より鳥の方が強いのか、と葵はひそかに落胆する。
「あたしのことはほっといてよ。今は何もしないから。それよりこの勝負、見届けてあげなさいよ」
女に言われ、葵は思いなおして要と疾風に視線を戻す。赤い焔と稲妻が、お互いの存在を示すようにばちりとはじけあった。
葵がごくりと唾をのんだ瞬間、ごう、と音をたてて二つの閃光がぶつかりあう。二人の動きは葵の目では追えない。ただ、純粋な力と力のぶつかりあいだけを感じて、葵の全身に鳥肌が立った。
辺りが昼のように明るくなり、葵は眼を覆った。
庭を沈黙が覆う。
眼を閉じたまま、葵は耳をすませる。二発目の攻撃の音は、聞こえてこなかった。一発で勝負がついたらしい。
「ふー」
要が大きくため息をつく声がする。葵はそれをを聞いて安堵した。彼女はそんな葵の心中も知らず、呑気に拳をばきばきと鳴らしていた。
葵は眼を開け、辺りを見回す。顔面蒼白になっている兵士たちを横目に、要と疾風の姿を探した。
二つのエネルギーがぶつかり合った衝撃で樹がなぎ倒され、地面がささくれ立っている。要はのんきにその中心で伸びをしていたが、疾風はどこにもいなかった。
今回のサブタイだけ英文なのはこれが元ネタです。キング牧師の超名演説より。
I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.
(私には夢がある。いつの日かジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷所有者の子孫が同胞として同じテーブルにつくことができるという夢です)




