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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
異界からのシシャ
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泣くくらいなら始めからするな

「こ、神阪こうさか?」


 姿が見当たらない神阪を必死に甲烈こうれつは必死に探している。かなめに思いっきり蹴られたせいで、鼻筋が大きく陥没したままなのに、痛みを忘れているようだ。よほど頭に血が上っているのだろう。


「死んだよ」


 要がばっさりいい、自分の炎に焼かれてできた神阪の死体を指差す。甲烈の顔が、あっと言う間に赤から青になり、その後紫になった。にやにや笑いながら、いわおがはやしたてる。


「諦めろ。格が違ったということじゃ」

「うひゅしゃいわ!」


 鼻筋を潰されているので、甲烈の日本語は不明瞭になっている。その後も何かしゃべっていたが、巌にはどうにも聞きとりづらかった。要が見かねて通訳してくれる。


「ここ以外ではうちが勝ってる、お前らはしょせん袋のねずみだとよ」

「よく分かるのー」


 孫に感謝しつつ、巌は甲烈に向き直る。


「お前、まだ自分たちが勝ってるつもりでいるのか? めでたい奴じゃな」

「屋敷は包囲されている、家族や使用人がどうなってもいいのか、と言ってるぞ」


 要はおもしろくなさそうに、通訳する。


「……包囲ねえ。お前たち定石どおりにやりすぎなんじゃよ。しかも、一回うまくいったらバカの一つ覚えみたいにそればっかりだしー。ということで、こちらもすでに対策をうたせて頂きましたー」


 巌が大きく両手を広げると、甲烈がわめきたてた。


「何が、と言っている」

「包囲されたのは、お前らの方じゃ」


 甲烈の目が大きく開かれる。動揺を隠そうとしてか、今までより一層激しくまくしたて始めた。


「嘘だ、と言っている」


 だんだんめんどくさくなってきたのか、要の通訳が短くなってきた。甲烈は絶対もっと喋っていると思うが、彼女によって大胆なアレンジが加えられている。


「あのなー、いつもいつもアホの一つ覚えみたいに同じ作戦とられて、わしらが学習せんとでも思うか? お前たちが富永の家から動き出した時点で、別働隊がうちを出発して、市街地や山に散らばっとったのよ。で、後ろからお前たちを囲んだわけ。わしらは、その包囲が完成するまでだけ耐えとりゃよかったのさ」


 巌はちちち、と指を顔の前で左右に動かした。仕込みの種明かしをする機会を待ち望んでいたので、今この時が楽しくて仕方がないようだ。


 巌が話し終わるとほぼ同時に、茂みの中から富永家の砲兵たちが飛び出してきた。彼らの後ろから、三千院さんぜんいんの家紋、青いみずちが入った数十台の戦車が砲塔をちらつかせる。


 さっきとは比較にならないほどみっちり詰まった機体が、ぴたりと兵たちに狙いを定めていた。さらに上空では、ミサイルを搭載した戦闘用のヘリコプターが旋回している。


 無線が鳴った。要が受信機を取り出し、耳に当てる。


「そっちも順調かよ。はい、分かった。後始末は? ああ、氷上ひかみがいたんだったな。じじいにかわる? いらない? ああそう」


 一回も巌にかわることなく、無線が切られた。自分がいらないと言われたことに巌は若干気を悪くし、ぶーと頬をふくらませる。


「誰じゃ」

「葵。もう帰ってきて港にいるとさ。富永の跡継ぎは銃殺、葛城は持ってた毒で服毒死だそうだ」

「あいかわらずせっかちじゃの、あいつは」


 変わらない孫の様子に、巌は笑った。


 その時、巌の背後から、蛇が這うような音が聞こえてきたがすぐにぴたりと止まった。


「おーおー、逃げんなよおっさん。あんたの息子と執事は少なくとも逃げはしないまま負けたそうだぜ。会ってみたかったが、二人とももう死んじまったみてーだな。じじい、とどめは?」


 要に言われてようやく巌は声の方を見ると、甲烈を思い切り要が踏んでいた。這って逃げようとしたのか、甲烈の周りの土が乱れている。


「……お前に任す。次期当主としての采配を見せてみい」

「いいのかよそれで」

「ああ。これからはお前たちの時代じゃ」


 巌がすっと引くと、要は甲烈を抑えつけていた足を離した。地面にはいつくばっている甲烈を見下ろし、艶然えんぜんとほほ笑む。


「というわけで、どうしようかなあ」

「た、たひゅけてくれ。今まで、わふぃが悪かった。何でもする」


 まだ巌よりはくみしやすいとみたのだろう、甲烈は鼻血を撒き散らしながら要に命乞いをした。額を地面にすりつけ、壊れたおもちゃのように同じ言葉を繰り返す。だんだん喋り慣れてきたのか、最初よりは聞き取りやすい日本語になっていた。


「ほー。おっさん、認識してねーと困るからとりあえず言っとくが、俺たちはお前の息子と腹心の部下をえげつなく殺した相手だぜ?」

「わ、わかっている。それとこれとは、別だ」

「悲しくねーの?」


 要が形のいい眉を吊り上げながら、甲烈に聞いた。


「悲しいさ。だが、息子は親孝行な子だった。今ここにいたとしたら、わしをかばっていたろう。わしは彼の意思を尊重する義務がある」

「義務、ねえ。へえ、御立派なこって」


 要は黙ってしばらく甲烈の顔を見ていた。だらだらと冷や汗を流しながら、必死にどう言い訳しようか甲烈の方も考えているらしい。そんな甲烈が、ふいに何か思いついたようにぽんと拳を手のひらに打ちつけた。


「何でもする。今から、わしの申し出が嘘でないという証拠をみせよう」

「本当か」


 甲烈の申し出に、要が怪訝な顔をする。彼女が口を開く前に、甲烈が動いていた。うつぶせのままずりずりと要に這い寄り、彼女の黒い皮靴に向かって肉厚な舌を突き出した。


 なるほど、生き残るためには相手の靴を舐めるという屈辱的な行為もこなすか。巌は後ろからその様子を見ていたが、なりふりかまわない甲烈のいさぎ悪さに苦笑した。


 最初は軽く舌で触れるだけだったが、すぐに甲烈は舌全体をつかいはじめる。時々いつ「許す」と言うのだろうかこいつは、と言いたげに頭を上げて要を見ているが、さっきで懲りたのか口には出さなかった。


 巌にとって、中年男の崩れた尻がぐねぐね動くのを見ているのは視覚的になかなかキツかったが、そう長い時間耐える必要はなかった。


 動物じみた唸り声とともに、甲烈の体がこわばる。ぶすぶすと焦げくさいにおいがあたりに漂ってきた。要が表情を変えないまま口を動かす。


「見苦しいぞ、じじい。うちは五十年ずっとこの瞬間を待っていた。誰が生かして返すかよ」


 巌は甲烈の横へすたすたと移動する。彼の死に顔を見るためだった。要はちらっと祖父の顔を見たが、そのまま自分のデバイスを作動させ続けた。豊満な胸の間から、デバイスの宝石がちかりと光る。


 要の靴に張り付けられたように甲烈の舌がくっつき、黒く焦げていた。舌から強烈な電流を送り込まれ、そのまま感電して死んだのだ。彼は最後まで自分の体に何が起こったのか分からなかったようで、大きく眼を見開いたまま息絶えている。  


 巌がとっくりとその死に顔を見ているうちに、死体の舌がとうとう完全に炭化した。不自然な、頭を下げた四つん這いになっていた甲烈の体がぐらりと地面に倒れこむ。死体の腹からぼうと炎があがり、ありあまる甲烈の脂をじくじくと焼いていった。


「……これで気が済んだかよ、じじい」

「ああ。奴には相応しい無様な最後よ。せめて往生際がもう少し良ければ、息子に地獄で言い開きもできように。しかし要、お前もやはり容赦ないの。葵にそっくりじゃな」

「私はあれほど合理化の鬼じゃねえ」


 要はふんと鼻を鳴らしながら否定した。


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