チートがやってきた!(味方)
「開ける?」
「すぐ開けたらちょっとわざとらしくないかのう。ちょっと崩しとくか」
祖父の意見に従い、響は目の前のボタンを押した。金属の網の目がゆるくなり、中にびっしり詰まっていた土が漏れ出した。
細い骨組みだけがあらわになったところへ、戦車が突っ込んできた。金網だけでは大した防御力はなく、鋼鉄の戦車は軽々と食いちぎって壁を越えていく。
「どこまで侵入させるんだっけ」
「あんまり芝生を汚さないでほしい、と庭師から要望が出ている。応接用の館前で止めるぞ」
「そう簡単に止まる?」
「餌がいるからな」
猛はそう言って、傍らに立つ巌をじっと見た。巌がにやりと笑う。
「じゃ、儂移動するから」
巌がいそいそとスキップしながら出ていった。なにぶん体重が重いので、巌が動くとがたがたとモニターが揺れる。響が露骨に嫌そうな顔をした。
「そう嫌そうにするなよ」
猛が妹の頭を軽くはたく。
「ハードディスクになにかあったら、呪う」
「……浮かれるのは仕方ないだろ。数十年越しの、復讐だからなあ」
物騒な妹をたしなめつつ、猛は腕を組んでモニターを見つめた。
☆☆☆
壁を突破し、横一列になって進攻してきた戦車群がぴたりと止まる。巌は見渡す限りびっちり並んだ砲塔を見ながら二度目の馬鹿笑いをした。今度は甲烈も降りてこず、ただ静かに主砲が狙いをつけてくる。
「しっかり狙えよー」
巌は明るい声で戦車に向かってまくしたてる。戦車たちは、お望みならばそうしてやろうと言わんばかりに動き続けた。
正面の主砲が、巌の目の前で止まった。場の緊張が最大限に達した時、ふいに空気が動いた。気配を感じた巌は後ろを振り返った。何かがいる。
「龍様、危のうございます!」
巌の後ろから、スカートをひらめかせたメイドが駆けてくる。長い黒髪は大きくうねり、彼女の焦り顔がその間からちらりとのぞく。メイドの数メートル先には、何が起こったか分からずぽかんと立ちつくす幼い少年の姿があった。三千院家の八男、まだ九歳の龍である。
巌はとっさに龍に向き直る。が、巌より戦車たちの方が先に龍を見つけていた。情け容赦なく、砲塔から橙色の炎があがる。空気を震わせる低い発射音がいくつも重なり、あっという間に巌の目の前は煙でいっぱいになった。
「龍!」
叫ぶと砂利が口の中に入り込む。それでも巌は孫の名を呼び続けた。永遠にも思える数分が過ぎた後、土煙が風に洗われて徐々に消えて行った。
砲弾によってえぐれた地面が、巌の目の前に広がる。メイドの着ていた黒いワンピースの切れはしが、はらはらと上空から落ちてきた。
間髪いれず、今度は巌に狙いをつけるべく砲塔が回転する。巌は眼を閉じ、大きく息を吸った。
さっきの一撃はすさまじかった。轟音が巌の聴覚を奪い、煙が視覚を奪った。すえた硫黄のにおいが嗅覚を奪い、口に入っている砂利が味覚を奪った。
だが、最後の感覚、触覚は残っていた。立ちつくしていた巌の肩を、ぽんと温かい手が叩くのをはっきりと感じる。一言の言葉もなかったが、巌には『後は任せろ』というメッセージが聞こえた気がした。
そう、もう老人の時代ではない。巌は一歩引き、新たな時代を担う天才に場を譲った。
土煙が薄れる。その中から、若い女が戦車に向かって進み出た。頭の上の方で一つにくくったポニーテールが風に吹かれて、大きく揺れる。細身の女だが、しゃんと伸びた背中にはきちんと筋肉がついていて、単に細いだけではないはつらつとした感じを与える。
戦車の中まではわからないが、きっとひどく混乱しているだろうと思い、巌はくつくつと笑いをもらした。戦車主砲の攻撃をかいくぐり、それでも立っている人間に会うことなどそうそうあるものではない。
巌を撃った、ひときわ大きな黒い戦車のハッチが開く。怒りで顔を真っ赤にした甲烈の顔がそこから見えた。彼はまだ目の前の現実を受け入れられないらしく、やたら瞬きが多くなっている。
「よう」
メイド服を脱ぎ捨て、アメリカコミックのような黒い革スーツをあらわにした女は動じない。腕組みをしたまま、堂々と甲烈を見ている。その視線は明らかに女王然としていて、甲烈をたじろがせた。
「お、お前は誰だ?」
「名乗る必要はねえ……とでも言っておきゃ恰好がつくんだろうが、ま、そうもいかねーか。三千院要、三千院家の長女かつ次期当主だ」
よろしくな、と言いかけて要は口をつぐんだ。何か言いかけてやめられた気配を感じた甲烈がまた怒りだす。
「うるせーなー。今から死ぬ相手によろしくも何もねえなと思っただけだよ」
要は面倒臭そうにしながらも、手を体の前へやった。彼女が関節を鳴らすぽきぽきという音が聞こえてくる。
「し、し、死ぬだと?」
「そりゃそうだろ。人んちにこれだけ戦車連れてきて発砲して、ごめんなさいで済むと思ったら大間違いだぞ」
「ふん、弟一人守れなかった奴が何を偉そうに」
甲烈が悔しげに吐き捨てると、要は弾かれたように笑いだした。巌も一緒に笑い、爺と孫の盛大な笑い声が庭に響き渡る。
「死んでねーよ。いくら戦車の主砲が当たったからって、血の一滴も残さず人間がなくなるわけねえだろ」
一丞・二丞の分身作成能力が役に立ったな、と巌はにやつきながら思った。彼らのデバイス適応能力はきわめて弱く、分身を作れるのはいいが、それを作るのに一時間もかかる。よって、ほとんどの場合役に立たない。が、相手がやってくるまでに時間があるのなら話は別だ。
猛の虫たちが富永家に張り付いていたおかげで、富永一派が出発を予定している時間は簡単にわれた。後は逆算して、分身を作っておくだけだ。ちなみに不測の事態に備えて、今の庭には数体の分身が並んでいる。巌は楽しかったが、当の龍は気味が悪いのかぶすっとしていた。
「じゃ、謎が解けたところでもういいよな?」
要がぐっとかがみこむ。曲がった足が伸びきった時には、彼女はもう空中にいた。要が黒い戦車の前方に飛び降り、そのまま拳を突き出す。頑丈な金属の装甲が、まるで紙でできているかのようにえぐり取られた。
要があけた大きな穴から、戦車の車内が見える。操縦管を握っていた若い男の顔が、ぽかんと大きく歪んだ。甲烈が慌ててハッチを開け、車外へ転がり出る。要は慌てず騒がず、彼に向かって軽く指を振った。
夏の雷に似た青い閃光が、要の指から生まれる。光はまっすぐに富永の足をとらえ、その肉を焼いた。悲鳴をあげて甲烈が地面に転がり、軍服についていた勲章がこぼれ落ちる。
「お前は楽には殺さねーから」
冷たくそう言い捨てて、要は車内に向き直る。で、お前らどうすんのと彼女は言いながら、指先をちらちら動かした。
後部座席に座っていた年かさの兵が、要に向かって銃を向ける。要はつまらなさそうに指をはじいた。また閃光が飛び、今度は一撃で兵が白眼をむく。ぶすぶすと肉の焦げたにおいがたちはじめ、こらえきれなくなった同僚たちが我先にとハッチへ殺到した。
逃げる相手には興味がないのか、要はその様子を黙って見ている。車内が老兵の死体のみになったところで、ひょいと戦車から飛び降りた。
「邪魔だな」
その一言とともに、彼女の拳がうなる。正拳突きの一発で、あらゆるものを踏みつぶす黒い重戦車が軽々と宙を舞った。




