猫田の慧眼
「馬鹿なことをいうな。海上にも妖怪はいたし、避難のための高速艇だって用意してあった。逃げずにとどまっていたのは、ひとえに彼の高潔な人柄による」
「高速艇ねえ……話は変わるが、うちにハッキングの好きなお嬢さんがいてね」
葵はがらりと話を変えた。それがどうした、と言いたげに葛城が葵をにらみつける。葵はくるくると片手で拳銃をもてあそびながら話を続けた。
「監視カメラのデータなんか大好物でね、しょっちゅう漁ってくる手くせの悪い子なんだが」
「あの施設の画像を手に入れたと? 馬鹿な、あれは全て消去して……」
葛城が何かいいかけて、はっと口をつぐむ。が、出てしまった言葉はもう取り戻せなかった。
「語るに落ちたな。後ろ暗いところがあるんだろう。しかし残念、そのデータまで引っ張り出すほどうちは暇じゃない」
猫田の夫が死んだとき響はまだ八歳。離れた軍事施設にハッキングできるほどデバイスになじんではいなかった。やらなかったのではなくできなかったなのだが、そこまで馬鹿正直に葛城に言うこともない。まあ、今なら楽にやってのけるだろうが。
「うちが見ていたのは、お前の仕えた家の中のデータだよ。十年前、やけに急いだ様子で大型の高速艇が数艇、倉庫に入れられるのが記録されていた。すぐこれは何かあるな、と思った。その時すでに富永家の没落は決定的になっていて、大型船を新規に買えるほどの余裕はなかったはずだからな」
葛城の顔が青ざめる。猫田にとっては傷をえぐるような話の展開だが、彼女は辛い話を、唇をかみしめながらじっと聞いていた。
「買えないのなら答えは限られる。借りたか、どこか他にあった船を引き揚げたか」
葵は葛城の目の前で指を二本立ててみせた。部下たちがじっと銃を構えた静かな空間に、葵の歩く靴音だけが響く。
「借りた可能性はないと判断した。船に大きく富永の家紋が入っていたからな。あんな趣味の悪い船に乗ってるのは富永だけだ。ということで、あの船は引き上げられた可能性が非常に高い。そしてその船は、軍事基地が襲撃され、配置人員が全滅した次の日には倉庫から消えていた」
葵は葛城の額に銃口を押しあてながら、決定的な一言を放つ。
「口封じにはいい手だな。いつ襲撃されるかは確かに分からないが、ことが起こった時に逃げる足がなければ全滅は時間の問題だ。よく調べれば、襲撃された施設にあった割には船が綺麗だと気付かれたかもしれんが」
「し、証拠はそれだけか」
「ま、確かに弱いな。だが、当の画像を見た猫田がこっちについてくれるには十分だった。ここは法廷じゃないからな」
猫田に船の画像を見せるために、指宿はわざわざ偽の警報まで流して、席を外した。無人になったコントロールルームに、警戒されずに猫田を入らせるための布石である。
指宿の狙いは当たり、猫田は無事モニターの前に陣取った。あとは遠隔操作で、画面に船の画像を表示させる。猫田がたっぷり映像を見たところで、指宿が出て行ってすべてを説明したというわけだ。
葵は話しながら、葛城の額に銃口をぐりぐり押しつけた。
「お前たち、こいつの言っていることはデタラメだぞ」
葛城は、元部下だった男たちに向かって怒鳴りつけた。猫田の冷たい眼を見て、もう彼女の説得は無理だと悟ったのだろう。
「金か、食べ物か。何につられたか知らんがな、そんなものが与えられるわけはないだろう。上手い話には裏があるんだ」
「それは、富永家の話でしょう? 大丈夫よ、なんでもかんでもケチる富永家よりはましなはずだから」
今まで黙っていた猫田が口を開いた。葛城を見下し、とつとつと話す。その顔にはもう何の表情もなく、怒るというより呆れているようだ。
「何の根拠がある。貴様だって、三千院のすべてを知っているわけではあるまい」
葛城が低い声で言った。
「馬鹿な人ね。言われなくても、目で見ればわかることがあるのよ。そのピントのぼけた目では、見たって分からないでしょうけど」
さっきまで味方だと信じきっていただろう猫田に心底馬鹿にされ、葛城の頭に血が上る。
「潜り込んでるときに、兵士のロッカーを見たわ。うちよりよっぽど支給物資が豊富。千の言葉より一の行動を信じるべきだと私はみんなに言ったのよ」
「くだらん。そのときにはスパイだとばれていたのであろう? お前の目をくらますために、一時的に支給されたものに決まっている」
「人を馬鹿にするのもたいがいにしてもらえるかしら。そのくらいの区別はつくわよ」
猫田がふんと鼻を鳴らした。
「支給物資の減り方がみんなばらばらだったの。本当に慌てて配ったのなら、全員の減り方は一緒で、ほとんど減っていないはず。でしょう?」
この猫田の話がとどめとなった。葛城はもはや言葉を失い、唸り声をあげながら葵を見つめた。葵はするりとそれを受け流す。
「話が長くなりすぎたな。連れて行け」
葵が指示すると、三千院に寝返った部下たちが頷いた。やめろ何をするとわめいている葛城を抱えて、奥へ連れていく。
「忘れるな、私がいなくなったとしても、三千院はもう終わりだぞ」
そう捨て台詞を吐いた葛城に、葵は一言だけ返事をしてやった。
「終わらない。俺ではない新当主が、本家で待っているからな」
葛城が大きく目をむいた。自分の認識違いに気づいた彼の全身から力が抜け、ずるずると人形のように引きずられていく。ばたんと音をたてて船室の扉が閉まると、猫田がふうっと大きなため息をついて銃を下ろす。ずっと戦闘態勢をとっていた氷上も、背筋を伸ばした。
「やれやれ、くたびれましたね。しかし、上手く乗り切れてよかった」
「ああ。猫田さんの協力のおかげだ。感謝する」
葵は猫田に向かって頭を下げた。
「こちらこそ、今後ともよろしく。一尉、お家に戻らなくてよろしいのですか? 心配されなくても、もうここは大丈夫ですよ」
猫田が心配そうな顔で葵を気遣う。葵はああ、とあいまいな返事をした。
「一尉-! 急いで本家に戻りませんか。奴ら、たたっ斬ってやりませんと」
下を片付けてしまったのだろう、薬丸が分かりやすく殺気立ちながら船に乗り込んでくる。抜いた刀を持ってうろうろしているため、彼の周囲にいた兵たちが驚いて壁際まで下がった。
「落ちつけ。刀もしまえ」
葵がたしなめると、薬丸はようやく刀を鞘におさめた。
「ですが本家が……」
「大丈夫だ。秘密兵器があるからな」
「は、はあ。デバイスですか?」
「まあ、そうとも言えるし違うとも言える」
葵があいまいに言うと、薬丸はひたすらに首をひねる。事情を知り尽くしている氷上は、うんうんと無言でうなずいていた。
「葛城はどういたしましょう」
「とりあえず船室に押し込めておけ。見張りは部屋の外だけでいい」
部下たちに葛城の処遇を指示してから、葵は船から降りた。そのとたん心配していた怜香たちがわっと葵を取り囲み、本家に戻ろうと言ってくる。だが、葵は何のためらいもなくそれを断った。
「あっちはあっちでうまくやるだろう。俺たちはここで引き継ぎをしてから帰る、いいな?」




