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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
異界からのシシャ
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違いすぎた二人

「わかったよ」


 あおい舷梯げんていへ向かって、追いたてられるように進んでいく。後ろにぴたりとついた男たちの足音が、一定のリズムで追いかけてくるのが妙に気持ち悪い。


 無機質な金属の階段を、葵はかんかんと音を立てながら一段一段降りて行く。葵の磨かれた靴が地面を踏むとすぐ、舷梯が折りたたまれて消えて行った。通常、他の人員も乗り降りするためこんなに早くたたまれることはまずない。


 辺りを見ると、他の船の姿もない。まだ生存者を捜している数隻以外は帰還しているはずなのだが。


 そのかわり、大きなトラックと軍服姿の男たちがずらりと並んでいた。彼らは手にライフル銃を構え、葵たちの退路をふさいでいる。


「結構な挨拶あいさつだな。富永貴之とみながたかゆき


 葵はさっきまで乗っていた船に向かって言う。艦の上から葵を見ていた若い男が、深々とかぶっていた制帽を脱ぎ捨てた。


「……さすがに動じないか。その度胸は素晴らしいよ」


 貴之が銃を構えながら答える。父親とちっとも似ていない、色っぽささえ感じさせる涼やかな目元が大きく歪んだ。


「俺だけ殺してもどうにもならないのに、ご苦労なことだ」

「諦めないんだね、でもこちらもその手には乗らないよ? 君は三千院さんぜんいんの直系かつ次期当主でしかも一尉、その上ここには三千院の忠臣たちが数多く揃っている。ここで見逃すほど僕はお人よしじゃないね」

「へえ。結構な熱意で。そんなに富永が大事かね」

「少しでも長生きしたかったら、無駄なおしゃべりは控えることだ」


 毒づいた葵を見下しながら、貴之は銃口を葵の左側に向けた。そこには怜香れいかたちが、ひとかたまりになって座らされている。


「……相手が悪かったな。そいつらなら自分でなんとかするだろうよ」


 葵はわざとそっけなく言ったが、相手には通じなかった。強がった葵に向かって、貴之が冷たく笑う。


「普段の状態なら、ね。君たちはもう何時間も戦い続けてきたはずだろう? それともデバイス使いは疲れないとでも言うつもりかな?」


 数時間戦い続けた怜香たちの疲労は見てすぐわかるほどに激しい。唯一元気なのは小兎ことだが、耳がいいという技能は銃の前では何の役にも立たなかった。


「まさか任務にかこつけて仕掛けてくるとはな。妖怪どもの襲撃もお前の仕業か?」

「僕を買ってくれてありがとう。しかしそこまで万能ではないよ。長時間デバイス使いの出番があって、死体がたまりそうな事件があればどこでもよかった。どさくさにまぎれて君を殺せるような、ね」


 冷たく笑う貴之の後ろから、痩せた老人が姿を現す。ねぎらうように貴之の肩をぽんと叩くと、彼の横に並んだ。葵には老人の正体がすぐに分かった。


「よう、葛城かつらぎ


 葵がぼそりと言う。葛城はにこりともせず、黙ってひとつ頷いた。どうやら喋るのは貴之の仕事だと思っているらしい。


「頭数そろえてご苦労さま」

「……まさか、これがうちの全力だと思ってはいないだろうね」


 貴之は機嫌を悪くする。葵は周囲を見回す。貴之の周囲に数十人、陸で葵たちを取り囲んでいる連中で数百人、確かにこれが富永の全力なわけがない。


「残りはどうした? 温泉にでも行ったか」

「君に冗談が言えるとは思わなかったな。残りは当然、君の実家に向かっているよ。今頃包囲が完成しているんじゃないかな」


 貴之の一言に、怜香たちがぎょっとした顔をして体を固くする。葵だけは腕組みをしたまま貴之をねめつけていた。


「やはり、この機会にうちを根こそぎ潰す気か。しかし、潰すにはちょっと名分が足りない気がするが」

「大丈夫だよ、君たちにはとっておきのスキャンダルがある。来るはずのない海難法師かいなんほうしを呼び、多数の犠牲者を出したのは君たちだろう?」


 貴之はにやりと笑った。自分の言っていることが嘘だと分かっている人間の顔をしていた。


「違う、と言ったら?」

「そんなわけないだろう。それなら何故、あんなに早く対策がうてたのかなあ。トベラの葉なんて、狙って取り寄せないと持っていないものだと思うけどね」


 葵は鼻で笑いながら、貴之の話を聞いている。戦場が海だと分かった時点で最悪を想定して準備していたことも、しゅうしゅんが薬草マニアで家の庭にありとあらゆる樹が生えていることも、話してもどうせ聞く気はないだろうなと思っていた。


「その件について話を聞こうとしたら、抵抗したのでしかたなく鎮圧した。テロリストとは交渉できない、ってのは全世界共通だからね」

「いろんなところにぼろの出そうな解釈だな」

「それくらいは納めてみせるよ。勢いは落ちたとはいえ、富永にもまだそれくらいの人脈はあるからね」


 貴之はふう、と息を吐いた。少し喋り過ぎたね、と言って、彼は銃の引き金に指をかける。


「ま、そういうわけだ。後の始末は全部富永に任せて、君はそろそろ楽になりなさい。軍の参謀は僕がつとめよう」

「後の始末、ねえ。お前は参謀になって何年だ?」


 銃口がぴたりと自分の額に狙いをつけていても、葵は全く動じない。風で揺れる髪をかきあげながら、貴之に聞いた。


「……五年だ」


 貴之が少しためらいながら答える。


「そうか。俺は七年だ」


 葵がここにきて胸を張る。貴之はそれがどうした、と言い放つ。


「先輩からの忠告だ。戦場ではな」


 葵が口を開き、今まで伏せていた頭をぐっと上げる。葵にしては珍しく、少しだけ口角が上がっていた。


「撃ってから喋れ」


 葵のその一言と同時に、甲高い銃声が響き渡った。またたく間に貴之の血と脳漿のうしょうが飛び、鉄くさいにおいが場を満たす。座っていた人質たちが、あまりの事態にぽかんと大きく口をあけていた。


 その混乱の中、真っ先に大和やまとが立ち上がり、一番近くにいた男の銃を弾き飛ばす。


「疲れてないのか」

「単純な格闘は大丈夫や」


 大和はそう言いながら、銃を失った男を殴り倒す。他の男たちが、にわかに殺気立った。


「引き金くらいならまだ使えるわ」


 怜香が銃を抜き、大和の後ろから敵の戦力をそいでいく。まだ顔色は悪いが、銃撃は正確だ。二人が奮闘している間に、霧島きりしま氷上ひかみが葵を背中にかばった。


「おい、猿」


 一気に騒がしくなった現場に、葵の声が響いた。霧島と氷上に守られた後ろから、大和に指示を出す。


「腕章をつけてない相手だけ狙え。あとは、味方だ」

「よっしゃ」


 大和が大きく踏み込む。新たに数人が、昆の直撃によって地面に倒れこんだ。怜香も負けじと、相手の腕や肩を撃って戦意を奪う。


 殺すなよ、と二人に言っておいてから葵は船の方に顔を向ける。船の上から、貴之の流した血がだらだらと流れて、赤い縞模様をつくっていた。その傍らで、貴之の亡骸なきがらを抱いて呆然としている葛城の姿がある。


「乗り込んでもよろしいか?」


 あらかた襲ってきた男たちを片付けて、氷上ひかみが聞いてきた。葵は頭を縦に振る。


「ああ、残党の捕縛を頼む」

「承知しました」


 すでに船の上でも大勢は決しているはずだが、氷上に様子を見てきてもらうのも悪くあるまい。葵が腕組みして待っていると、間もなく船上から敵がいません、とさっぱりした声が降ってきた。


「舷梯を下ろせ」


 葵が声をあげると、船からするすると階段が降りてきた。

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