暗躍する獅子
「猫田、よくやってくれた。特に地下組織の構造を詳細に知らせてくれたのはありがたい」
「いえ、遅くなりましてすみません。まだまだ不完全な部分もあるでしょうが、偶然にも助けられまして、やれるだけやったつもりです」
猫田の手には、三千院家の地下に張り巡らされた軍事施設のおおまかな間取り図が握られていた。そこここに設けられた連絡通路まで描きこまれており、諜報の専門家ではない彼女が作った割には非常に精巧な出来だった。
「謙遜するな。あれだけ侵入口を見つけてくれれば作戦も進行しやすい」
貴之が笑うと、葛城もうなずく。
「そうですよ。それに比べて、橋口のあの体たらく」
「親父は絶対に大丈夫だと言っていたらしいがな。体よく追い払われて、結局何の情報も持ってかえってこなかった。親父も武藤もあてにはならん」
なあ、と話をふられたものの、貴之ほど安易にうなずくわけにはいかない猫田はあいまいにほほえんだ。
「褒章もはずむぞ、なんでも好きに言うといい」
「そんなはしたないことをしては、逝ってしまった夫に怒られてしまいます。私は、最後まであの人の意思を尊重するつもりです」
「ああ……良樹氏のことは、極めて残念だった。せめて救難船が間に合えばな」
猫田の夫、良樹は十二年前に他界している。彼は富永家所有の研究所にいたのだが、そこが妖怪に襲われてしまったのだ。陸路を完全に塞がれ、海が荒れたため救助船も到着できず、生存者は結局発見できなかった。
後から駆けつけたものたちは、研究員たちの凄惨な死体を見てしまい、その後一週間はまともに食事がのどを通らなかったという。
「もうおっしゃらないでください。夫は、勤めを果たしたのですから」
「すまない」
猫田がきっぱりと言い放ち、貴之は深追いをやめた。
「で、これからどうなさるのです?」
「三千院の鬼子の首を取る。かわいそうだが、一緒に帰ってきた人間も始末することになるだろう」
「目撃者は厄介ですからな」
葛城が眉毛一本動かさずにぴしりと言い放つ。猫田が夏だというのに、軽く身震いをした。
「しかし葛城様、それにしては戦車もいませんし、人員も少ないですね」
「ああ。猫田には知らせていなかったが、こちらとは別に行動させている。なんせ、三千院のあの大きな屋敷を制圧するには手間がかかる」
「!」
猫田が目を見開いた。
「一気にそこまでやってしまわれるのですか」
「ああそうだ。前当主三千院巌、現当主三千院昴、そして次代当主三千院葵。この三人を殺しきってようやく、富永の危機は去ったといえるだろう」
「残念だが、今富永の力は落ちかかっているんだよ、猫田。長期の持久戦に持ち込まれたらこちらが負けてしまう。相手が本気になる前に、大将の首を落としてしまうのが一番なんだ」
貴之が猫田をはばかりながら言う。彼女はその視線を受け止めて、不敵にほほ笑んだ。
「あら、そういうのって私、好きですよ?」
この言いように、貴之と葛城は目を見合わせた。男二人を尻目に、猫田はくつくつと笑い続けた。
夏の西日がじりじりと照りつける山道を滑るように、苔色をした戦車が七体、塊になって進んでいく。時々くぼみにキャタピラがはまり、派手に土煙を巻き上げるが行動に支障はみられない。
戦車たちはなぜか舗装された公道を通らず、山の中の細い道を一列になって前進していく。車体に描かれた富永家の獅子の紋章が、すでにうっすらと汚れている。
「前方に煙を発見!」
先頭車から無線が入り、後続の車両は一旦停止した。道が狭く、方向転換が容易にできないため、しばらく止まって様子をうかがう。
先頭車では、乗っていた隊員がモニターを確認して、声をもらした。動物の皮のような、無骨な布が木々のてっぺん近くにくくられて風に揺れている。煮炊きのものらしき、白い煙も上からたなびいてきていた。隊員たちは一斉に首をひねった。
「三千院のキャンプ地……なのか。さっきまで火を使っていたのか、煙が出ているな」
「しかし、なんだってあんな高い所に布を張るんだ。ツリーハウスでも作ろうってのか」
とりあえず危険はなさそうだとみた富永の私兵が、ハッチを開けて目視で状況を確認する。
「あそこに見張りがいる、なんてことはないよな。人間が昇るには高すぎる」
「……念には念を入れておくか」
今は隠密行動中だ。万に一つであっても、ばれる可能性があるなら潰しておかなければならない。後続の車からも、さっさと撃ってしまえと怒鳴り声で指示が飛んでくる。
私兵はため息をつきながら、排気装置を作動させる。それから足元のペダルを踏んで砲塔を回し、引き金を引いた。
轟音とともに、砲弾が飛ぶ。私兵たちは飛散した木くずや土クズが見えなくなってから、前方の様子を確認した。大きな樹がぼっきり折れているものの、兵士の姿も見えないし反撃してくる様子もない。一同はほっと胸をなで下ろした。
「……行こうか」
「ああ」
異変がなさそうなので、戦車たちはまた一列になって進行を開始した。横を歩いている歩兵たちも、戦車と一緒にぞろぞろと歩き出す。
山の風に乗ってばさばさと黒い翼をはばたかせながら、数十体の天狗たちが降りてくる。今夜、羽を休める予定になっていた地点まで戻ってきた彼らの顔は、明るかった。が、地上の様子をみた彼らの顔がにわかに固くなる。
「あいやー、これはまた派手にやられたなあ」
「鉄は無事かいな」
「女のところにでも逃げとるさ」
「それよりメシはどうなった」
「一体どこのどいつだっ」
口々に天狗たちが勝手なことを言う中、鋭い眼をした若武者が、声をはりあげた。他の天狗は鴉の顔だが、彼だけが人間の顔をしている。ざっくりと刈り上げた短い髪の下で、鋭い三白眼の目が怒りに燃えていた。
「落ちつけ、疾風」
「そうよー、お菓子食べる?」
横からのんびりとした声が流れてきた。怒りを共有するどころかいなされた若武者は、きっと声のした方をにらみつける。
「親父殿っ」
「あれ、私は呼んでくれないの」
疾風に無視された紫の髪の女がつまらなさそうに頬を膨らませる。彼女はもちゃもちゃと鼠のような音をたてて、干した芋をかじっていた。
「お前の名前は呼びにくくて嫌いだ」
「ヴィオレットよ、たったの六文字」
「その舌を巻くような音が苦手なのだ」
今度は疾風が頬を膨らませた。ヴィオレットは面白そうに干し芋を持ったまま、疾風の周りをうろついている。
「これ、二人とも。じゃれあいも悪くはないが、今は鉄の話を聞かないか」
二人の様子をにこにこしながら見守っていた、白い翼の天狗が声をかけた。この天狗も人間の顔をしており、真っ白な長い髪をゆったりと首の後ろでたばねていた。若い頃はさぞかし美しかったであろう端正な顔が笑っているのを見ると、若武者たちも毒気を抜かれたように黙り込む。




