立ってるものは何でも使え
「天逆毎さま、なぜここに……」
佐門の注意が一瞬逸れる。大和は天逆毎の姿を捜したが、間もなく強烈な違和感を感じた。
この空間には、大和と佐門しかいない。上空にも海中にも、誰の姿もなかった。
――罠か!
口に出さずに、大和は確信する。葵が何故無線のひとつもよこさず黙っていたのか、その理由がようやくはっきり分かった。全ては戦況が膠着した時、無線からこの一言を流すためだったのだ。
佐門は大和が天逆毎をからかったとき、ひどく憤慨していた。きっと天逆毎に心酔しているのだろう。それならば、とっさの一言であろうと聞き逃すはずはない。
目に血が入っている佐門は視界が悪くなっているのと、天逆毎がきたという安心感からまだ罠にはまったことに気付いていない。大和は一気に勝負を決めようと動き出した。
佐門の力が少し緩んだ一瞬を見計らい、大和は昆を強引に押しこむ。みしみしと音をたて、今度は佐門の角が大きくきしんだ。
びくりと昆が食い込んだ角が痙攣する。佐門がようやく、天逆毎の不在に気付いたのだろう。しかし、急に動いたことが逆効果になった。大和が動きやすくなり、昆を押しつけやすいように、さらに上方に移動する。
ついに、佐門の角に大きな亀裂が入った。大きな角がぼきりと根元からへし折れ、海中へ向かって落ちて行く。大和は昆をもう一度構え、牛鬼の額をもう一度狙うべく相手の隙を捜した。しかし、佐門は素早く大和から距離をおき、全身から真っ黒な煙を出し始めた。
「……小僧。貴様の顔、覚えておく」
佐門が憎々しげにそう言い、ざぶりと海中に沈んでいく。大和があっとも言わないうちに、巨体がみるみる水の中へ消えて行った。大和は後に残った煙の中まで入って探してみたが、むせただけで何の結果も得られなかった。
「くっそ」
「追うな」
諦めきれず、大和が佐門を追っていこうとした時、葵の声が聞こえた。葵は今まで無線を通じてことの成り行きを観察していたのだろう。葵の妙に冷静な声が腹立たしくて、大和はごねた。
「せやかて」
「目的は艦と人工島の防衛だ。どの道、今のお前ではあいつを倒すのは無理だしな」
「……」
悔しいが図星だったので大和は黙り込む。分かりやすい奴、と葵にばっさり言われた。悔しさをこらえつつ、汗をぬぐいながら、大和は葵に聞いた。
「さっきの天逆毎の声はなんやったんや。寿命が縮んだで」
「ああ、覚えてるか? 加陽山で捕まえたキョウモウダヌキ」
大和は思い出せずに首をひねった。
「お前に化けた、ぶさいくな狸がいただろうが」
「うわああああ、あいつか」
急に屈辱的な過去がよみがえり、大和は絶叫した。やれやれ、と言いながら葵が話しだす。
「そいつに天逆毎の声を真似させたわけだ。さんざ脅したりすかしたりと大変だったがな。捕えておいて正解だ、やはり便利に使えた」
葵の声が少しだけ高くなる。彼はこういう謀略が好きでたまらないのだろう。やはり自分とは人種が違う、と思いながら大和は頭をかいた。
「せや、残りの海坊主たちは」
「牛鬼と一緒に退いてったよ。一旦作戦終了だ、氷上たちと一緒に帰ってこい」
「氷上?」
「後ろを見てみろ」
大和が言われた通り後ろを振り向くと、鷹を肩にまとわせた姿勢のいい老人がすっくと立っていた。よく見ると、老人の後ろにもう一人若い女もいる。最初にここに来た時、港でへたっていた子だ、確か小兎といったか。大和の注目スイッチが牛鬼から小兎にかちりと切り替わった。
「君、今彼氏おんの? なー、連絡先交換しよ」
大和は張り切って小兎に声をかけるも、彼女はますます遠ざかっていく。小兎にしっしっと手で邪険に追い払われて、大和は仕方なくナンパを諦めた。やはり手品がないとつかみが悪いのだろうか。
「……ゆるぎない奴だな貴様は」
「ほっとけや」
葵に返事しつつ、大和は後ろの二人に会釈する。老人はにこやかにほほ笑みながら一礼した。
「御神楽大和です。どうも」
「いえいえ。私、三千院にお仕えしております氷上と申します。お見知りおきを。あなたはご挨拶はなさらないので?」
せっかく氷上がパスを出してくれたのだが、小兎はまだ警戒を緩めない。
「個人情報だからダメですー」
「おやおや、えらく嫌われましたねえ」
けらけらと笑う氷上を見ながら、大和はため息をついた。牛鬼がいなくなると、途端に全身から汗が噴き出してくる。興奮していたから分からなかっただけで、疲労は確実に蓄積していたようだ。
しかし、氷上たちが近くにいたのなら、全員で囲めば佐門は倒せたのではないだろうか。なんや惜しいなあ、と大和は呟いて海面を見る。もはや、牛鬼たちの姿は全く見えなくなっていた。大和の言いたいことが分かったのか、氷上が口を開く。
「逃げてくれて幸いでしたよ。私、来たのはいいですが体力はほとんど残っていませんからねえ」
「私は戦闘向けの能力じゃないからねっ」
氷上と小兎がそろって胸を張る。大和ははあ、と肩を落とした。
「作戦が終わったらとっとと帰ってこい」
無線から葵が急かしてくる。
「……相手を取り逃がした割に元気やな」
「次に生かせばいい。海難法師と牛鬼が出てきて、全滅しなかっただけでも運がいい」
「ほお」
「分かったら帰ってこい。点呼後、帰港だぞ」
へいへい、と言いながら大和は愛用の昆をしまおうとした。いつものように耳の中にしまおうとした時、音を立てて昆が真っ二つに折れる。
「げ!」
大和は慌てて割れ目を繋ぎ合わせようとしたが、いくらやってみても元には戻らなかった。良く見ると、デバイスの核となる鉱石生物の表面に、大きなひびが入っている。金色のきらめきもなくなっており、大和は泣きたい気分になってきた。
「直るんやろか、これ……」
大和の声がしっかり聞こえているはずの葵からは、何の返事もない。くそったれ、と呟いた大和の声が夕闇に溶けて消えて行った。
「海上での作戦は終わってしまいましたか」
葛城が報告をうけ、眉間に皺を寄せた。思ったより早く作戦が進行していることが不本意なのだろう、と貴之は察した。
一行は港に立っていた。遮るもののなにもないだだっ広い空間に、強い海風が容赦なく吹きつけてくる。冬でなくてよかったな、と貴之はつぶやいた。
貴之の周りを取り囲むように、銃を持った屈強な部下たちが立っている。彼の指示を待っている彼らは、ぴんと背筋を伸ばしたままだった。
「仕方ないな。やや痕跡を残してしまうが、三千院が帰ってしまう前に港で襲うしかない」
「すでに準備は整っております。ただし、この有様では丸見えになってしまいますので、トラックの荷台に隠れる格好になりますが」
葛城がこの程度は計画のうち、と言いたげな顔で笑う。貴之は海面を指差した。
「妖怪どもはもういないのか」
「は、海蛇どもが少しおりましたが、すでに掃討済みです。途中で邪魔されるわけにはいきませんからな」
貴之はこくりとうなずき、しばらく腕を組んでいたが、ふと思い出したように真横を見た。視線の先に、神妙な顔をした猫田の姿がある。




