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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
異界からのシシャ
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目の前に死

 よし、もう一発や。大和やまとは大きく踏み込んだ。が、突然足元から虫が這いあがってくるような違和感を覚えて一歩後退する。


 大和が完全に距離をとる前に、佐門さもんの口から何かが出てきた。目を守るように腕を顔の前に持っていくのが精いっぱいで、大和は全身にもろに攻撃を受けてしまう。


 俺死ぬわ。間違いない、これ死んだな。あ、死んだら布団の下のブツって発見されてしまうんやろか。オフクロにだけは見つかりたくないわ。親父か兄貴がこそっと処分してくれへんかな……。


 エロいブツの始末を大和が真剣に検討したところで、視界が開けた。さて、天国はどっちかな?と大和は首を回す。


 何も変わらない。さっきまで戦っていた佐門が、相変わらず荒々しい雄叫びをあげている。腕も足も無事、顔が少し汗をかいているくらいで目もきちんと見えている。てっきり毒でも浴びせられたと思っていたのに、これは一体どういうことだろう。


「何きょろきょろしてる。行け」


 無線機から地獄の門番のようなあおいの声が聞こえてきた。普通ここって「大丈夫か」とか言わへん?と疑問を抱いたが、この冷血漢に期待しても無駄だと思いなおす。


「今、俺死にかけたんやけど」

「死なないから行け」

「説明せーよボケ……うおっ」


 また前方から何か飛んできた。今度はうまく避けられたため、大和はさっき自分に何が起こったかを目視することができた。


 佐門の口から吐き出されたのは、青白い液体だった。放たれた液体は、べしゃ、と海面に当たってゆらゆらと光を発する。波に洗われても、白い光はそのまましばらくとどまっていた。


「おそらく、暗い海の中でも獲物を見落とさないように、マーキングしているんだろうな。深海魚でも似たようなことをする奴がいる」

「なんや、そやったら浴びても問題ないやんか」

「神経毒で相手を麻痺させる作用もあったりするがな」

「早よ言え!」


 葵の情け容赦のない解説を聞いて、大和はぎょっとして立ちすくんだ。それでも葵は大和にまた行け、と言う。


「根拠は?」

「普段理論なんぞ気にせんくせにうるさいな」

「自分の命がかかっとるんやで」


 佐門の攻撃をかわしつつも、流石に大和の声にどすがかかる。葵は仕方ない、そろそろ説明してやるかと言って話しだした。


「お前の服な、その中に」

「やっぱりそういうことかー! おかしいと思ったわ!」


 葵がわざわざ渡してきた時点でただの服なわけがないと思っていたが、やはり自分の予想は的中していた。


「脱ぐなよ。脱いだら死ぬぞ」

「なんやと?」

「その服の中に、とっておきの護符が入っている――京の鷹司たかつかさから頂いた由緒ある品だぞ」

「へいへい」


 大和は話半分に聞いた。その間にもまた飛んでくる発光液を避ける。作戦を開始してからかなりの時間が立っており、辺りはうっすらと暗くなりかけていた。


 この状況で発光してしまうと悪目立ちする。体の小ささを生かして死角から攻撃しようとしているのに、ぴかぴか光っていては目立つだけだ。佐門もそれが分かっているのか、執拗に発光液を吐き続けた。いつまでも避け続けるのは無理だ、と大和の本能が告げてくる。


「嘘つけ」

「普段ならいくらでもついてやる。が、作戦時に俺が嘘をつくか? 勘でもなんでもいい、お前が決めろ」

「……」

「行けば、勝てる。俺が言うことはそれだけだ」


 葵はぼそりと言ったきり、通信を切ってしまった。大和はぎりぎりと奥歯をかみしめながら、空中を駆け回る。


 わずかだが、佐門はじわじわと位置を変えて大和に近づいている。それはそうだ、発光液で動けなくなった敵を、そのまま死なせるなどあいつの性には合わないだろう。最後には、大和にくらいつきに来る。


 大和の体力は徐々に少なくなってきている。残酷な死を避けたいのなら、今が一番良いことは疑うまでもなかった。


 気にいらない、気にいらないが、自分の勘が葵に従えと告げている。


「しゃあないな」


 あくまで、決めたのは自分だ。葵に強制されたわけではない、と言い聞かせてようやく覚悟を決める。


 息を大きく吸いこみ、右手で昆を持つ。背中に昆を隠すように持ち、一気に佐門との距離をつめた。今度は目をそらさない。佐門ががばりと開けた口の中が、やけに赤く鮮やかだった。


 視界が白一色になる。しかし、怖れていた痛みや刺激はない。大和の周囲を、柔らかいまゆのような光がぐるりと取り囲んでいる。誰もいないはずなのに、背中を押されているような力強さがあった。


 白い液の中を抜けると、佐門の姿はもう目の前だった。佐門が大きく目を見開き、あわてて口を閉じる姿がはっきりと見える。


 大和は昆を繰り出す。体をよじった佐門の角に昆が当たり、がりがりと激しい音をたてた。昆の先端が佐門の額をえぐり、血が噴き出す。佐門の目に血が入っていくが、彼は気にした様子もなく角に力をこめてきた。


「ぐ……」


 大和は全身の力をこめて昆を押す。位置で言えば上にいる大和の方が有利なはずなのに、佐門はものともせずに押し返してくる。


 推進装置の出力はすでに最大、物理的な加速は望めない。あとは、相手の気をそらすくらいしか方法がない。大和は口を開いた。


「おい、そこのアホ」


 佐門は動じた様子がない。大和はさらに言葉での攻撃を加えた。


「牛鬼のくせにこの程度かい」


 下からの突き上げは一向にゆるまない。おかしいな、こいつ。耳がないんかいな。大和は首をひねる。無線から大きなため息が漏れてきた気がするが、大和は聞き流した。


「バーカ、もっとやってみい」


 そう言った途端、下からぐいと強烈な押し上げがきた。大和は慌てて昆を持ちなおす。あかん、喋ってばっかりやと俺の足元が留守になるわ。なんとか他の方法を考えんとまずい。


 びしり、と音がした。やっと佐門の角が割れてきたか、と思って大和は下を見る。


「!」


 次の瞬間、大和は、目の前にある信じられない光景に息をのんだ。砕けていたのは、自分が大事に握りしめている昆の方だったのだ。信じられない光景に、手のひらに汗が浮いてくる。大和の息が荒くなり、それを聞いた牛鬼がにやりと笑った。


「どうした、ガキ。もう終わりか?」

「お、終わりなわけあるかい」


 妙に高くなった佐門の声が、大和をあざ笑う。全身の血が頭に集まるような感覚とともに、かっと顔が熱くなる。汗で取り落としそうになる昆を、慌てて握った。


 早く決着をつけようと、全身をこめて昆を押す。しかし佐門の方はもう大和の攻撃に慣れ切ってしまい、いなしながら力をためているように見えた。実力の差を、大和は肌で思い知る。


 昆を外して逃げようかとも考えたが、単純に佐門の方が足が早い。背を向けて逃げたところで、追い付かれて食われるのが関の山だった。札が守ってくれるかもしれないが、目の前でまざまざと見たあの長い牙の威力を侮らない方がいいと、大和の勘が告げている。


 くそ、どないしたらええねん。佐門とがっちり組み合ったまま、大和は心の中で毒づいた。昆と角をかませあったまま、じりじりと命を削り合う瞬間が続く。


「これ、佐門」


 張り詰めた空間に、ふいと天逆毎あまのざこの声が響いた。大和の背中に汗がつたい落ちる。辺りかまわずわめきたいのを、大和はやっとの思いで抑え込んだ。自分が死ぬのは決まったが、みっともない姿をさらしたくはない。


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