攻撃、攻撃、また攻撃
「薬丸、頼む。今は、待て。勝って、帰ろう」
長い沈黙があった。しばらくたって、ようやく薬丸が口を開いた。
「承りました。これより薬丸、待つという戦をいたします。立派にやりとげてみせますゆえ、よろしく。……三千院一尉」
「ああ」
薬丸と青鬼が、再び火花を散らし合う。二組の目玉が、殺意をたたえたまま静かに睨みあった。
その静かな戦いの横を、高速でこちらに向かって駆けてくる佐門がいた。赤鬼・青鬼という障害物がなくなり、一斉にこちらに向かって突っ込んできた。手負いのはずなのに、いささかも速度が落ちていないのは流石だ。
「あかん、俺を無視して船を狙う気や! あいつ、飛行装置より早いで!」
佐門を追っているであろう大和が怒鳴る。葵は無線で指示をとばした。
「慌てるな。奴は最初からその気だろう。前の牛鬼二体が邪魔だっただけだ。……足止めはしてやるから追って来い」
大和がうなり声をあげた。まあ自分に言われなくても、大和は最高速で追ってくるだろう。こちらのやるべきことをやっておけば心配はあるまい。
「砲の準備」
葵が指示を出す。箱型のユニットが八つ並んだ発射機が、葵の指示に従いくるりと回転した。艦の方から、通信が入る。
『ソナー、敵影把握。アスロック、発射準備よし』
「撃て」
艦前方から、橙色の炎をあげてミサイルが発射された。八連のミサイルが次々に空に向かって飛び立っていく。
砲など噛みくだいてくれるわ、と言いたげに牛鬼が咆哮をあげた。空に浮かぶロケットに目線を合わせ、大きく口を開ける。
「見たな、上を」
牛鬼をあざ笑うように葵が呟く。ちょうどその時、ミサイルについていた白いパラシュートが、ぱっと風を受けて大きく開いた。
『ブースター切り離し無事完了。魚雷追尾開始』
葵が報告を聞いて間もなく、水中から轟音が聞こえてきた。船に向かってくる牛鬼の体がかしぎ、速度が落ちる。
「追い付いたで!」
絶好の機会を逃さず、大和の昆が、佐門の後頭部をとらえ打ち抜いた。出し抜きが失敗したことを悟った佐門の目が、怒りに燃える。
薬丸は、場が妙な静けさに包まれていくのを感じた。さっきまで後ろにいた、巨大な牛鬼の存在感が消えると、戦場とは思えないほど海は静かに凪いでいた。その穏やかさが、かえって海そのものの強大さを感じさせる。
目の前の敵の目が、きらりと輝いた。相手も決着が近いことを悟っているのだろう。薬丸は鞘に納めていた長刀に手をかける。
にらみ合いが、数秒続く。
堪え切れなくなり、先に動いたのは青鬼の方だった。ぐいと距離をつめ、口から青白い液体を放つ。薬丸から先に動いていれば、間違いなく頭から液体を浴びていただろう。
薬丸は腰をかがめ、液体をすんでのところでかわした。鞘に手をかけ、刀を解き放つ。
胸に右手を密着させ、鞘を引く。現れた刀身は、さっき獲物の血を吸ったとは思えないほどにきらきらと輝いていた。普通なら血と脂にまみれてしまうだろうに。全く恐ろしい代物だ。
重心をひたすら前にかけ、刀を抜く。抜いた流れのまま、牛鬼の巨体を下から斬りあげた。抜ききった手をそのまま返して、上がりきった刃の勢いをそのまま敵に叩きつける。
人間ならば袈裟がけに斬れるであろうその一撃は、すっぱりと牛鬼の首筋を切り裂いた。半分ほど切り取られた首が、大きく左に揺れる。青鬼の目から光が消え、どっと海中に屍が消えて行った。
どす黒い血が波間に浮かぶが、それもしばらくたつと波に流されて消えて行く。血が完全に見えなくなってから、ようやく薬丸は長く息を吐きだした。そして、無線を取り出し無愛想な主に報告を入れる。
「……三千院一尉。薬丸、敵をしとめました」
「よくやった」
褒めているにしては感情のこもらない声がした。どうもあの子は無愛想で、と愚痴っていた彼の父親の声が蘇る。
「まだ闘えますが、いかがいたしましょうか」
「大和のサポートを頼むかもしれん。周囲に気をくばりつつ待機」
「承知いたしました」
通信を切って、薬丸はぼんやりと前方を見つめた。任務がまだ残っているというのに、薬丸の頭から離れない一点の無念があった。
「斬りきれなんだか」
薬丸の体さばきは、自分で言うのもなんだが完璧に近かった。完全に牛鬼の首を切り離したつもりだったが、切れたのは半分だけ。いやはや、化け物というのはああいう存在のことをいうのだ。
「……都嬢ちゃまならば、切れたろうか?」
誰に聞かせるでもなく、薬丸はつぶやいた。初めて彼女がデバイスを手にした時の驚きは、今も薬丸の中にしみついている。
まだ完全なはいはいもできず、腹をつけて床を動き回る、いわゆるずり這い状態で、都は将来自分のものになるであろうデバイスをつかんでいた。おやおや勇ましいことで、と周囲が微笑んでいられたのはほんの一瞬だった。
都の小さな手が刀の柄に触れるやいなや、冷たい刀身がにゅうと伸びて畳を切り裂いた。新しい畳から発するイ草の匂いが、部屋を満たす。ざっくり斬られた畳の傷が、少し離れていた薬丸からでもはっきりと見えた。
血相を変えた父が都を抱き上げ、祖父がデバイスを持ち去った。にわかに殺気立つ部屋の中で、薬丸は一人で肝を冷やしていた。
(い、いきなり刀身を)
デバイスを持ちさえすれば、誰でもすぐ戦えるわけではない。核の生物が持ち主に慣れるまでには、通常年単位の時間がかかる。目の前にいた赤ん坊は、それをたったの一瞬でやってのけたのだ。
彼女が大人に……いや、今の葵坊ちゃまくらいの年頃になった時が恐ろしい。自分など一刀で斬られているのではなかろうか。
きっとこれから、都だけでなく若い力が次々と出てきて、どんどん追い抜かれてしまうかもしれない。ずっと第一線にいられないのならば、今から軍の中で身の振り方を決めておくのも悪くはなかろう。
「はて、坊ちゃまはそこまで考えて某をたしなめたわけか? どいつもこいつも、つくづく恐ろしい一族よ」
薬丸のごくごく小さな呟きは、誰に聞かれるわけでもなく、強い海風の中に消えて行った。
「どこまでも小賢しい真似を!」
佐門が大きく吠える。大和は気にせず昆を引き、次の攻撃に備えた。両手で昆を持ち、中段に構える。右手で放った突きは、佐門の牙にはじかれた。
そろそろか、と大和は牙の表面に走った細かい亀裂を見ながら思う。がしゃどくろの骨をも粉砕した昆を数発受けても砕けないとは、丈夫な牙だ。そこは素直に感心する。が、実体がある以上、何度も攻撃を受ければ確実にダメージは蓄積していく。
大和は左手で昆を持ち、右手を放つ。苦労して訓練したため、大和は右手も左手も両方使えるようになっていた。左で回す昆に、違和感はない。
腕一本を使って昆をまっすぐに押し出す。がん、と昆が牙に当たって衝撃が腕に伝わってきた。しびれが腕に伝わり、昆を取り落としそうになったが危うく堪える。体を素早く回転させ、右手を添えて武器を再びしっかりつかんだ。
左手で背中に昆を回し、右手で上から昆をとる。さっきの回転で大和の体は少し右側に移動していたため、今度は佐門の大きな牙が左手に見えていた。
昆を横から打ち付け、さらなる攻撃を加える。ぐらり、と牙が大きく揺れた。初めて佐門の声に、焦りが混じる。




