クールなあの娘の身内とは
銀弓から、次々に矢が放たれる。百発百中の金の弓とは違い、大きく逸れて消えていくものもあったが、当たると矢は頑丈な牛鬼の皮膚さえ貫いた。うなりながら突進してくる牛鬼をひらりとかわし、さっそうと甲板に降り立った。
「霧島。その様子だと元気そうだな」
今時中学生でもやらないような全力のピースサインを作っている男に、葵は声をかけた。男は見た目より年がいっているらしく目じりに皺が浮かんでいるが、顔をくるくると動かすのでほとんど目立たない。
「三千院一尉! 妹がいつもお世話になっております!」
「妹ってまさか」
男の一言に、怜香が顔をしかめた。男は特に気にした様子もなく、朗らかな笑みを返してくる。
「おや、妹を知りませんか?」
「いや、知ってるから違和感が……」
「ははは、妹はクールですからね! 僕と違って!」
「妹さんがクールと言うよりあなたが……いえ、何でもないです」
「なんだい、気になるじゃないか。君は面白い子だねえ!」
怜香の言いたいこともよくわかる。兄妹でここまでキャラが違うと、いったいどういう環境で育ったのだろうと葵も最初は思った。
「霧島。飛べるか?」
「お任せください!」
「二方向から敵をはさみこむ。援護を頼む。体力はどうだ?」
「まだまだ元気ですよ!」
霧島はそう言いながら、空中でバック転をひとつ決めて飛び去って行った。確かに、ぱっと見たところでは疲れているようには見えない。
しかし、いくら本人が大丈夫だと言っても葵はそれを完全には信じていない。なにせ、今までほぼ一人でいせの甲板を守ってきたのだ。ダメージが蓄積していないはずはなかった。
「落ちるかもな、あいつ」
「葵、私が拾おうか?」
「もしそうなったら俺が拾う。お前と薬丸、大和は牛鬼に専念しろ。艦を沈められたら話にならん」
「了解」
「葵殿、それでは行ってまいります。吉報をお待ちください」
大和は甲板に降りてこず、空中でさっそくボスの牛鬼とやりあっている。彼を援護すべく怜香と薬丸も空へ飛んで行った。葵は甲板上に立ちながら、さざなみに連絡をとった。
「航海長。船の具合はどうだ」
『一尉らが戦っているところ申し訳ないが、船員の退避準備を始めてもよろしいか。正直、被害は決して小さくない』
「……許可する。倒せないとは言わないが、船の安全までは保障できない。いつでも逃げ出せるようにしておけ」
『船員の救助のため、他の艦が近づくことは可能か』
「打診してみよう」
葵は他の護衛艦に無線をとばす。もともと一列になって航行していたため、艦同士の距離は近い。牛鬼たちさえいなくなればすぐにでも、とうみぎりとさみだれから返答があった。
「全デバイス使用者、聞いたな。さざなみの乗り組み員の避難はまだ完了していない、艦を沈めるな」
無線から了解、と声があがる。葵は目の前の強大な敵に相対し、睨みつけた。沈めさせてなるものか、と気合を入れる。
「左右の赤・青から潰すぞ。それまで親玉をくいとめろ」
葵が四人に指示をとばす。霧島以外の三人が、それぞれ牛鬼の目前にぴたりとはりついた。霧島は少し迷った様子をみせたが、中央の大きな牛鬼に狙いを定める。
青鬼に怜香、中央のボスに大和と霧島、赤鬼に薬丸。布陣は整った。
最初に動いたのは薬丸だった。体の前に刀を両手でまっすぐに構え、その刀を天へ向ける。脇は大きく開かず、刀身が薬丸のごく近くに位置していた。
一瞬で刀が降りおろされた。刀に陽の光が反射し、ぴかりと光る。打ち込みが終わり、刀が薬丸の膝の前まで下がった時、赤鬼の額からぱっと血が飛んだ。
「ぬ、丈夫な……」
薬丸が悔しそうにつぶやく。葵は彼の背中に向かって声を飛ばした。
「焦るな! 腕でも顔でも斬れるところを斬れ」
「あい分かった」
薬丸はすぐに気持ちを切り替える。大きな口を開けて狙ってくる赤鬼の攻撃をかわし、次の機会を狙っていた。
怜香も、今は薬丸と似た戦い方をしている。ただし生身の薬丸と違い、ヴァルキリーは多少食われても復活できるため、怜香は彼女を青鬼の口内へ入りこませようとしているようだ。青鬼も怜香の狙いに気付いているらしく、海中からぬうっと長い腕を出してきて、距離を保ったまま攻撃している。
「後ろに気をつけろよ。こちらからも見ているが、つきっきりにはならないからな」
「了解」
怜香は葵に向かって大きく腕を振る。怜香のデバイスは体力消耗が激しいが、今のところはまだ大丈夫そうだ。配属から約一年、怜香の体力もデバイス適性も向上している。香陽山の時に見せた危なっかしさは、今はだいぶ消えていた。
さて、と葵はため息をついて中央に向き直った。本来ならば、薬丸もいないし二人も人員がいるのだから、楽観してよいところのはずである。しかし、葵はこの中央が一番不安だった。
中央の牛鬼がひときわ大きく、力も強そうだ。同じ馬鹿でも一応歴戦の勇士である薬丸と違い、大和で対応できるだろうか。大和の勘は良いのだが、それだけではどうにもならない差があるのではと葵は思っていた。なにかしら、金色の牛鬼の注意をそぐような対策が必要だ。
「深入りするな。左右が終われば応援に向かわせる」
無線でこう指示したものの、大和は未だに牛鬼の喉元付近をちょろちょろしている。葵は舌打ちして無線をつないだ。
「猿。指示に従え」
「ぐ……」
おそらく、平時であればこの千倍の罵詈雑言が返ってきたであろう。しかし今は作戦中、大和も何も言ってこなかった。任務が終わったら、背後から昆が飛んで来るだろうが。
葵はじっと立ったまま、牛鬼たちへの対策を考えていた。今のところ、使える人員も限られている。さて、これからどう料理するか。あまりじっくり考えている時間はなかった。
「……これでいくか」
葵は考えを固めた。全員にそれを伝える必要があるが、今自分の近くで戦っている四人に無線で呼びかけると、牛鬼にまで聞こえてしまいそうだ。葵はしばらく機会を待つことにした。
待っていると、チャンスはわりにすぐやってきた。大きな牛鬼の体当たりで船体が大きく揺れ、かしぐ。葵はわざとバランスを崩したふりをし、甲板に倒れこんだ。
「葵!」
思った通り、怜香が攻撃を中止して助けに飛んできてくれた。彼女の純粋な好意を利用したようで、ちくりと葵の良心がうずく。
「大丈夫?」
上から怜香の声が聞こえてくる。まだ怜香以外は降りてきていないようだ。もう少し、と思い葵はわざとらしく体を縮めて苦しみを演出した。
次第に異常を察知したデバイス使いたちが、上空から降りてきた。葵の周りに集まり、口々に各々の感想を述べる。
「どこか打ったのではないですか」
「大丈夫だよきっと! ほら起きるんだ」
「よし、海に捨てよか」
おかしいな。全員味方だと思っていたのに、裏切り者が一人混じっているようだ。作戦が終わったら貴様を海に捨ててやる。
「そのまま聞け」
「!」
葵はうつぶせになったまま、くぐもった声で語りかける。四人が息をのむ音が聞こえた。わざとかい、と呟く大和を無視して葵は四人に指示を出す。
「わかった、やってみる」
「任されよ」
「きっとうまくいくさ!」
「へいへい」
流石に全員すぐ指示を飲み込み、ぱっと分散していった。船はぐらぐらと揺れ始め、一番鋼板の薄い船頭の部分がすでに大きくひしゃげている。ただでさえ少ない護衛艦をこれ以上減らすわけにはいかない。頼むぞ、と葵は小さくつぶやいた。




