陽気な二人がやってきた
牛鬼と海坊主は、一斉に薬丸を見た。二体の妖怪は一瞬目を見合わせた後、海坊主が軽く体をよじってざばりと甲板へ海水をぶっかけてきた。口には出さねど、海坊主の「うぜえ」という明確な意思を感じる。
葵たちはよけたが、バカ正直に突っ立っていた薬丸は頭から海水をもろにかぶった。水を飲んでしまったらしく、げほごほとせき込む。それがようやく落ち着くと、薬丸は己のあんまりな扱いに青筋を立てて怒りだした。
「この卑怯者めがあ!」
怒鳴り声とともに、薬丸はすらりと腰に刺さっていた刀を抜く。そのまま牛鬼めがけ、甲板を走っていった。
「何する気? ヴァルキリー、彼の援護を!」
薬丸の突拍子もない行動にあわてた怜香が戦乙女を呼ぶ。銀の髪をひらめかせ、空中に浮かんだ乙女は主の言う通り、むくつけき甲冑武士を追った。
薬丸の方はそれに気づきもしない。甲板をまっすぐにひた走り、勢いをつけたまま大きく踏み切った。妖怪たちに攻撃を受けた側に水が入り、やや傾いた甲板は下り坂になっているため、薬丸の走りには加速がついている。
甲冑をまとったまま、薬丸は刀を振り抜く。が、相手の動きが全部見えている牛鬼の対応はいたって淡々としていた。巨体に似合わぬ俊敏な動きで、さっと頭を左右にずらす。
「おおおおおおおお?」
急に目の前に何もなくなった薬丸が、戸惑って咆哮をあげる。落ちて行く武士の襟首を、ヴァルキリーが危ないところではっしとつかんで引き揚げた。
「お、女子。余計なことをするでない!」
薬丸は助けてもらったくせに、顔を真っ赤にして怒っている。ほんとに最近まで落ち込んでたのか、と言いたくなるくらいの元気さでわめいた。戦乙女がゴミでも見るような目で薬丸を見ている。
「葵、このまま海に捨てていい?」
「作戦が終わってからにしろ」
怜香の提案を葵が却下する。ぶすっとした顔のまま、ヴァルキリーが薬丸を雑な手つきで甲板へ放り投げた。
「まだまだあ」
べしっと甲板に打ちつけられても全くへこたれない薬丸は、刀を構え再度闘う様子を見せる。その意思だけは立派だけど、と怜香はため息をついた。
「いざ出陣―!」
「え、またっ?」
怜香があわててヴァルキリーを薬丸にはりつかせる。戦乙女の目を通じて、彼の表情をうかがった。
「一体何を考えているの?」
怜香がぼそりと呟くのを、傍らで葵は頭を抱えながら聞いていた。薬丸の悪い癖がまた出た。
再び突っ込んできた薬丸をあざ笑うように、牛鬼たちがまた頭をひねる。さっきと同じように、薬丸が牛鬼たちの首の間に落ちこんだ。
「うおおおおお!」
薬丸の目が、さっきより強い輝きを放つ。ヴァルキリーが思わずく、と息をのむほどの迫力だ。
「綱よ、今こそ!」
薬丸が自らの相棒の名を呼ぶ。声に答えるように、ぐんと日本刀が伸びた。そのまままっすぐに振り抜かれた刃が、牛鬼の首筋を切り裂く。暗黒色の血が、勢いよく牛鬼の首筋から吹きだし、大妖の体が大きくかしいだ。
薬丸は海へと落ちて行くが、今度もヴァルキリーに抱えられて、ふわりと甲板へ戻ってきた。
「あのね! 飛行装置つけてるじゃないですか! 使いなさい!」
「機械はようわからぬ!」
「老人みたいなこと言わないで!」
怜香に薬丸が怒られている。甲冑一式でよく見えなかったが、実は薬丸も飛行装置をつけているようだ。そりゃ何回も落ちていれば怒られるだろう。
怜香が薬丸をねめつけながら、飛行装置の使い方を教えている。ボタンを押すだけだから、と彼女にどやされて使い始めた薬丸だったが、さすがに身体能力は高い。あっと言う間に空中で安定飛行しはじめた。
「おお、簡単簡単」
さっきまで使えないとぶーたれていた様子はどこへやら、薬丸はかかか、と笑う。まったく、と怜香がため息をついた。
さっきから薬丸に斬られた牛鬼の怒りの声が大きくあがっている。そろそろ薬丸に仕事に戻ってもらわねばならない。葵は淡々という。
「怒らせたな、どうする」
「なんの。儂には綱が――鬼の腕を切った猛将の魂がついております」
「頼もしい。鬼退治には昔から刀がつきものだ」
薬丸は再び牛鬼に向き直った。ならば任せると言って腕を組み、葵は傾く甲板の上にどっかりと足を下ろす。自分も忘れるな、と言いたげに怜香が話しかけてきた。
「槍はどう?」
「のこぎりでも牛鬼を退治した逸話があるくらいだから、槍なら上等だろう。……刃も持たずに参戦する奴もいるくらいだしな」
葵がふんと鼻を鳴らす。雲が葵の言葉を裏付けるように大きく乱れ、綿を乱したように空に散った。急降下してきた一つの点が、首を切られて怒り狂う牛鬼の牙にぶち当たった。牛鬼は唸り声をあげて乱入者と睨みあう。
「おお、やるやんか」
大和の大きな声は、海上にあってもよく響いた。その声をめがけ、牛鬼が背面から襲い掛かった。
しかし、攻撃は成功しなかった。牛鬼の動きをヴァルキリーが読み切っていたからだ。大和の背中を狙う牛鬼の眉間めがけ、槍を放つ。槍はまっすぐ飛び、黒い眉間にぐさりと突き立った。
「やった?」
牛鬼は額から血を流しているものの、まださかんに動き回っている。怜香はヴァルキリーに指示を出し、もっと槍を押しこませようとした。しかし、骨にでもあたっているのかそれ以上くいこまない。結局諦め、戦乙女は大和と背中合わせの体勢になった。
「惜しかったなー、怜香ちゃん」
大和が声をかけてくる。「ちょっと甘く見てたわね」と怜香がつぶやいた。
「もう一回!」
今度は牛鬼の目を狙おうと、ヴァルキリーがさっきより上方向へ突進する。しかし、牛鬼は大きく伸びあがって攻撃をかわし、首をぶんと振った。大きな頭の重量をもろに受けたヴァルキリーは、なすすべなく飛ばされる。
海中が大きく揺れ、波間から新たに二体の牛鬼が現れた。
そのうち一体はさっきからいる個体とそんなに大きさは変わらない。ただ角が青く光っており、なんとなく腕が細くて長い。葵はこの二体を赤鬼青鬼と呼ぶことにした。
圧巻なのは、もう一体の方だ。他の二体よりはるかに大きく、小山ほどもある体からは、隠しようもない殺気があふれ出ている。太い角は黄金に輝き、葵の顔を照らした。こいつが親玉だ、と葵は確信した。
「面倒になった」
敵の戦力が一隻に集中してしまうという、あまり褒められたものではない状況だ。しかし、なんとかこれをプラスに変えねばしかたがない。参謀は、そういう仕事だ。
葵が考えている間に、最初からいた赤鬼がヴァルキリーに狙いをつけた。ほっそりとした乙女の首筋にがぶりとくらいつく。赤鬼の顔が、喜んだように大きく動いた。
「ははは、喜んでいるところ申し訳ないが、後ろがお留守だよ」
やけに明るくて大きな声がした。大和よりもさらに大きく、若干欧米寄りのテンションの高さを伴っている。雲を裂いて現れたもう一つの人影は、空中で美しく銀色に光る弓を構えた。




