暴れるサムライ
「あなたのデバイスの方が、一撃の破壊力は遙かに上だ。要は使い方ですよ。私とあなたのデバイス適応ランクは同じですから」
「氷上さんもAランクなんですか。Aでも、ここまでできるのね」
怜香の感嘆を聞いて、氷上はにっこりと笑いながら言う。
「Aランクでも、などと言うのはおよしなさい。実質ほとんどいないSランクの人間に代わって、軍を支えているのは私たちなのですから。ああ、Sランクの方をけなすつもりはなかったのですよ」
Sランクの祖父を持つ葵に配慮して氷上は言い添える。葵はわかっている、と返した。
「何も間違いではない。数が揃えられない戦力など、軍として頼みにするわけにはいかんからな」
氷上がありがとうございます、と葵に向かって礼をする。葵たちは彼に背を向け、広くなった空を見渡した。
「さあ、後は牛鬼と海坊主だっ。いけー、一尉っ」
「氷上。他に誰か来てるか」
「まさかの他力本願っすか?」
一人で盛り上がっていた小兎ががっくりと肩を落とした。葵はそれを気にすることもなく氷上と会話を続ける。怜香が小兎に言い聞かせるように、「葵は虚弱系男子だから」と語っていた。
「私と同じAランクだと、剣客の薬丸が参っておりますよ。Bクラスのものはたくさんおりますが、牛鬼の相手は荷が重いかと思います」
「よし、薬丸をこちらへ」
「そういっていただけると喜びましょう。都さまの剣術指南役を塚原にとられて、最近だいぶ落ち込んでおりましたからな、活躍の場を与えてやってくださいまし」
葵はああそんなこともあったな、と思い出す。自分も戦場に立っているというのに、相変わらず視界の広いことだと氷上に感謝した。
「残りはどうなさいますか」
「Bクラスの人員はいせ・きりしまの援護に向かえ」
「いせの? さざなみの援護は怜香様のみでなさるということですか?」
「今、いせに行ってる二人を呼び戻す。飛行部隊が減れば、Bクラスの応援で守れるはずだ」
葵の意見を聞いてそうですな、と氷上がうなずく。少し目を見開いて氷上は言葉を続けた。
「それにしても、霧島のほかにもわざわざ呼び戻すものがいるのですか。よほど期待されて……なんですか、その何かを語りかけるような瞳は」
「氷上。それ以上喋るな」
葵に急に怒られてきょとんとする氷上の横で、事情を知っている怜香だけがくすくすと笑っていた。
『さざなみから奴らを下がらせろ。撃てっ』
無線からはたかぜの航海長の指示が飛ぶ。速射砲が煙をあげ、牛鬼の顔面に弾丸をめりこませた。だが、牛鬼が鬱陶しそうに顔を振るとぱらぱらと弾丸が落ちて行く。砲の弾丸では彼らの黒い頑丈な皮膚を貫通するまでには至らなかった。
「はたかぜが撃ちましたが、効いてないですよー。さざなみが沈んじゃう。ミサイルはどうなんですか」
小兎が不安そうに、うろうろと空中をそぞろ歩く。耳が良いだけに、戦いの状況がよく聞こえて余計不安がつのるのだろう。
「ミサイルは同時二発しか撃てないからな。今は機銃しか使わんだろう」
「……彼らもあれでどうにかなるとは思っていませんよ。艦隊の一列目は囮でしょう?」
氷上が葵に語りかける。葵は頷いた。
「ああ。そろそろ、他の船から飛んでくる頃だ」
葵がそう言った時、一筋の煙がひゅんと一行の前を通った。あれなに、と小兎が無邪気に煙の行方を見守っている。
ごうん、と重い音がして前方からもくもくと黒煙が上がる。牛鬼の動きが止まり、湧き上がる煙の中にその姿が隠れた。
「横にいた護衛艦からの援護射撃だ。本来、一列目の護衛艦が敵を引き付けているうちに横から襲い掛かる手はずになっていたからな。ようやく追い付いてきたか」
葵の言葉を裏付けるように、横からぬっとうみぎり、さみだれの護衛艦二隻が姿を現した。怜香が興味深そうに艦を見つめながら葵に聞いてくる。
「当たった?」
「当たっただろう。ミサイルは年々精度が上がっている」
「で、倒せる?」
「無理だな」
葵がそう言った次の瞬間、薄れた煙の中からぬうっと牛鬼の巨体が姿を現した。背中の皮が傷ついて血が流れているものの、動きを止めるほどのダメージには至らなかった。
かえって怒りを覚えたのか、牛鬼が咆哮をあげて再びさざなみに襲い掛かる。海坊主も怒りを隠さない同胞に寄り添うように、同じ側から攻撃を開始した。
「あいつら、挟み撃ちにしないんだねっ」
小兎が首をひねっている。葵は解説してやった。
「船は両方から攻撃されるより片側を一方的に攻められた方が沈みやすいんだ」
「バランスの問題?」
「そういうこと」
水に木片を浮かべてみればすぐわかる。均等な厚さなら浮かぶが、片方だけ重かったり軽かったりすればすぐ沈んでしまうのだ。注水システムによってある程度の是正は可能だが、それにも限度がある。
「じゃあ、このままだとほんとに危ないってこと?」
「ああ」
「ああじゃなくない? こう言う時助けにいかなきゃ」
葵に小兎が詰め寄ってきた。少年漫画でも好きなのだろうか、どうも小兎には熱血を求められるので付き合いにくい。
「大丈夫よ。もうやってるから」
怜香が助け船を出してくれた。彼女が空を指さし、小兎がそちらを見る。怜香の指の先には、迷彩色に塗られた一機の輸送用ヘリコプターの姿があった。ヘリコプターからはロープがぶら下がっており、そこに一人男がぶら下がっている。
「砲みたいな運ばれ方……」
せっかくの助っ人なのに、あまりな扱いに小兎がぽつりと言葉を漏らす。葵がまあ気にするなと言葉をはさんだ。
その雑な扱いの助っ人が、ぱっとロープから手を離して、さざなみの甲板に飛び移った。猛攻を受けてぐらりぐらりと揺らぐ船に、何の迷いもなく飛びこんでいく。
「――あのバカ、また死に急ぎたいのですかね。坊ちゃま、怜香様と行かれては?」
「ああ、そうする。行くぞ怜香」
「はい」
「ねーねー、私はうわっとおおい」
「行ってらっしゃいませ、坊ちゃま、怜香様。小兎様はここにおりましょうね。小兎様までが行ってしまうと、この老いぼれが寂しゅうございます」
葵と怜香は、飛行装置を加速に切り替え、甲板に向かって降りて行く。小兎は氷上にむんずと襟首をつかまれ、じたばたしながら悔しがっていた。
本人の熱意は買うが、牛鬼相手なら彼女はいない方が安心だろう。相変わらずの氷上の察しの良さに、葵は感謝した。
さざなみの甲板が近づく。葵は後方へさがり、怜香は甲板の男に合流すべく前へ出た。人の気配に気付いた男が振り返って苦い顔で言う。
「む、葵坊ちゃま。一対一の決闘ゆえ、手助け無用」
「どこをどうやったら一対一に見えるんだよ」
薬丸の妙な侍かぶれに呆れて葵は天を仰いだ。彼の侍かぶれは徹底しており、動きにくいだろうにフル装備の甲冑に身を包んでいる。おそらく兜をとったら髷姿であろう。
薬丸の偏屈そうな鋭い目が、葵から外れて前を向いた。葵のつっこみは無視することにしたらしい。首にするぞこの野郎、と葵は心中でつぶやいた。
「やあやあこれなるは三千院が剣士、薬丸と申す。一戦勝負してもらおうかい」




