絶対無敵に立ち向かえ
『Yの1、粉塵散布完了。坊ちゃま、ご指示を』
『Yの2、装備全てそろっております。いつでもいけます』
『Yの3、こちらも問題ありません』
ヘリからの無線が入ってきた。葵は粉を払い、立ちあがる。
「Yの1は速やかに帰還せよ、Yの2、3は敵の場所を特定するまで待機。久世三尉、小兎三尉、追うぞ」
「いつでもどうぞ」
「もちろん! 二人の仇をとってやる!」
葵の指示に、怜香と小兎から切れのいい答えが返ってくる。すぐさま三人はひと塊りになって飛んだ。
上空で待機していた大小のヘリ二機のプロペラ音が次第に遠ざかると、小兎がまた耳をすませはじめた。
「これは違う……どこにいるの」
耳がいいだけに、違う音まで拾ってしまうのか小兎は顔をしかめる。怜香が近距離でモー・ショボーの相手をしているので、余計聞き取りにくいのだろう。
「いた!」
うろうろと場所を変えながら数分、やっと小兎が大きく反応した。一人で飛びだしていく彼女を、葵たちはすぐさま追いかける。ようやく追い付くと、小兎はある一点をぐるぐると旋回していた。
「今ここらへんにいる! 移動速度はそんなに早くないね」
「間違いないか」
葵が聞くと、小兎はぶんぶんと首を縦に振った。葵は彼女の判断に賭けることにする。すばやく無線でヘリを呼び出した。
「Yの2、3.俺の居場所はわかるな」
『Yの2、はい、GPSで把握しています』
『Yの3、こちらも同じく』
「二機とも俺の位置まで移動してこい。Yの2は到着しだい荷物を投下、Yの3は指示があるまで上空で待機」
『Yの2、了解』
『Yの3、了解』
葵たちが移動したとはいえ、さっきの地点からさほど離れていない。二機のヘリは音をたてながら、すぐに姿を現した。
縦に長いYの2が、葵たちを追い越していく。ヘリ後方の扉が大きく開き、パラシュートをつけたコンテナが次々と吐きだされていった。緑の大きなパラシュートは次々と海面に落ちて行き、大きな波しぶきをたてる。
「小兎、奴は逃げたか」
「ううん、パラシュートに近づきはじめた。人がいるとでも思ってるのかな」
「よし、Yの2、コンテナを開け」
さっき投下したコンテナは遠隔操作で開くようにしてある。Yの2から無事に作業が完了したという報告が入るやいなや、葵はデバイスを起動した。細い糸をひたすら伸ばし、海中をさぐる。すぐに糸が固いものに当たる感覚があった。 葵が糸を繰ると、小兎が驚きの声をあげた。
「なんかしゃらしゃらうるさいけど、これ、何?」
「うちの防御網をぶった切って持ってきた。海難法師は目の多いザルや籠を嫌う。封じ込めるぞ」
直接見ることはできないが、葵は今海中で起こっていることをありありと想像できる。葵の糸によって、適当な大きさに切られた金属の網が操られ、一定方向に引っ張られている。
これを浮上させて取り囲めば、空中に無数の目が出現する。うまく囲めば、数分海難法師の足を止めることくらいはできるはず。葵の糸を組んで網にしてもいいのだが、これから指揮をとることを考えるとできるだけ体力を温存しておきたかった。
「小兎、網の音は聞こえるな」
「うん……じゃなくてはい」
「今から俺が網を動かす。海難法師に近づいてるか、音だけで判断してもらうことになる。お前が頼りだが、できるか」
葵はそう言って、小兎の顔をじっと見た。小兎はしばらく考え込んでいたが、わかったときっぱり言った。
「よし、やるぞ」
「おうよ」
「二人は海難法師に集中して。回りは私が警戒するわ」
拳を握る二人を見て、怜香が申し出た。これで心おきなく海難法師に集中できる。葵は糸を一斉に動かし、網を前方へ移動させた。
「一尉、そっちじゃない。奴が右へずれた」
小兎がつぶやく。葵は糸を繰り、網を右へ動かした。そのまま前進させ、海難法師にぶつかるのを待つ。
「一尉、通り過ぎちゃったよっ」
目が使えないのがこんなにもどかしいのか、と舌打ちしながら葵は糸を引きもどす。網まで自分で作って動かすよりましだが、金属の網はなかなかの重さになるため、動かすたびに葵の体力が減っていく。
葵の背中をだらだら汗が落ち始めた時、小兎がようやく待っていた言葉を口にした。
「音が重なった! 海難法師の近くにいるよ!」
小兎が叫ぶ。葵は一気に糸を引っ張り、海中から網を引き揚げる。止まってくれよ、と心の中でつぶやいた。
「小兎、どうだ」
「海難法師の動きが止まった、奴がわめいてる。一尉、成功したみたい」
「よし、ここで固定だ」
葵は糸を使って網をさらに引き揚げ、空中でがっちり寄り合わせる。海難法師を逃がさないために作った、即席の檻だ。
「小兎、奴は動いてないな」
「今のところ大丈夫だよっ」
小兎に確認をとった葵は、無線でヘリに連絡を入れる。すぐに機長が答えた。
『はい、Yの3』
「ミサイル発射、いけるか。網の位置に二発、連続で叩きこめ!」
『了解』
ヘリコプターが旋回し、一気に高度を上げる。あっと言う間に葵の頭の上を通り過ぎていった。風が葵たちの髪を巻き上げ、さわさわと頬をうつ。その数秒後には、葵が待っていた報告が入った。
『ミサイル用意完了しました』
「撃てっ!」
葵の号令がかかる。轟音がして数秒後、網を支えていた糸が大きくたわんだ。ミサイルが着弾したのだろう。
続いてもう一回、轟音。葵の手に再び衝撃が伝わる。
葵は拳を握りしめた。これで変化がなければ、もはやいせもこんごうも救えない。人間たちは今日は徹底的に逃げ回ることになり、人工島は間違いなく妖怪の手に落ちてしまうだろう。
「小兎、どうだ」
小兎が耳をすませる。葵は固唾をのんで、彼女が言葉を発するのを待った。
「……櫂の音が消えた。いなくなったみたい」
その一言で、ようやく葵は大きく息を吐いた。網の目に加えて、トベラの臭気を抽出したガス弾を二発、ヘリから撃たせた。ダメ押しが効いて、ようやく最強の怨霊を遠ざけることができたようだ。
「Yの3、作戦は成功した。協力に感謝する。帰還せよ」
『了解。坊ちゃま、先に帰ってますね』
作戦が終わって安心したのか、三千院家の機長はいつもの呼び方で葵を呼んだ。その言い方はやめろ、と葵が言わないうちに、プロペラ音を響かせて機体が遠ざかっていく。
帰ったら文句を言ってやる、と葵がぶちぶち言っていると、海面が大きく波打った。波の間から、つるりとした巨大な坊主頭が見える。
「も、戻ってきたあ、さっきの坊主」
小兎が顔をひきつらせた。
「全艦、目視・カメラ利用が可能になった。海坊主を避けて航行しろ!」
葵は全ての護衛艦へ呼びかけ、警戒するよう注意する。しかし、海坊主の動きの方が早かった。
海面からざばりと顔を出した真っ黒な坊主頭と、輝く橙色の眼が葵からもはっきりと見える。海坊主は、ぐんぐん動いて護衛艦さざなみに迫っていった。
「あいつを止めるぞ!」
葵は怜香と小兎に向かって叫ぶ。三人はひと塊になって、海坊主を追いかけた。さざなみ上空で待機していた軍のヘリが、護衛鑑を援護すべく坊主に向かってミサイルを撃ち込む。
しかし海坊主は鬱陶しそうに手でミサイルをつかみ、そのままばらばらに壊してしまった。しかも怖がるどころか、今度はヘリに向かって大きな手を伸ばし始めた。




