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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
異界からのシシャ
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踏みにじられる兵の声

「や、やってみないと分からんじゃんかあ」

「そうよ、あおいらしくない」


 美少女二人に励まされるという状況は喜ばしいが、それで敵が変わるわけでもない。葵は首を横に振った。


「そうだな。可能性があるなら戦う。だが、俺が想定している奴が来たなら、帰ってもらうのを待つしかないんだ。妖怪側もさぞや奴を持て余していることだろう。アレが妖怪の枠内に入るかどうかも微妙だが」

「い、いったいなんなのさっ」

「それは」

「ひっ」


 葵がここまで怖れる妖怪の名を告げようとしたとき、小兎ことが耳をそばだてた。恐怖にとらわれ、彼女の歯がかたかたと鳴る。怜香れいかが肩に手を置いて何度か深呼吸させ、なんとか小兎は落ち着きを取り戻した。


「聞こえるのか?」

「は、はいっ」


 葵が聞くと、がくがくと小兎はうなずいた。


「どっちからだ」

「み、南からっ。このままだもうすぐここに来ますっ」


 葵は無線を取った。護衛艦の船長たちから、怒りのこもった声が飛んでくる。


『デバイス使いが何人もいて、このザマはなんだね。しかも死者が二人も出ているとは』

「俺への愚痴は後にしてもらいましょう。今後俺の指示があるまで、目視やカメラによる画像解析は一切禁止。全艦です」

『気でも狂ったか?』


 船長たちの声がにわかに殺気を帯びる。無理もない、機器が発達したとはいえ、航海にはやはり人の目が欠かせない。船を預かるものとして、それを放棄しろと言われたら怒るのは当然だ。葵は下手に出た。


「すまない」

『理由を言え』

「――海難法師かいなんほうしを知ってるか?」


 葵がぼそりと言い放つ。しかし、護衛艦たちからは『知るか』というぶっきらぼうな返事があっただけだった。


『海面によくいる坊主だろう』

「それは海座頭うみざとうだ」


 海座頭は海面を杖片手に歩き回る妖怪だが、海難法師とは格が違うほど穏便な妖怪だ。たまにふらっと護衛艦に近づいてきて、杖でぽかぽか船を叩いて帰っていくくらい。今回の戦争に参加すらしていないであろう、海の一匹オオカミである。


「い、一尉いい、どんどん近付いてきてる」


 葵が航海長たちと話している後ろから、小兎の涙声が聞こえてくる。


「時間がない。とにかく全艦カメラと目視は使うな! 海難法師は、見ただけで死ぬ妖怪だ」

『牛鬼どもはどうする気だ』

「ソナーとレーダーだけでなんとか乗り切ってくれ。デバイス使いは奴が見えない上空まで行くか、鑑内へ退避!」


 葵は強引に言って通信を打ち切った。それとほぼ同時に、さっきまでいた海坊主たちが後退していき、海に大きな空間ができた。


 葵の耳に、きい、きいとかいのきしる音が飛び込んできた。時折波が櫂に当たり、ばしゃりばしゃりとはね返る音もする。


「来たか」


 葵は怜香と小兎に上昇を命じる。突っ込んできたモー・ショボーたちから身をかわすように、上空へ逃げた。


 不気味な音は、さすがに上空では聞こえない。無線を聞いて同じように飛び上がった、軍事施設防衛担当のデバイス使いたちが、困惑した目で葵を見つめてきた。


「さすがにここまであがれば問題ないと思うが、むやみに下を見るなよ。海難法師がいなくなったら、各自任務に復帰するように」


 葵が指示を出すと、全員気味悪そうにうなずいた。その中の一人が、葵に聞いてくる。


「なんで見ちゃだめなんですか?」

「見たらその時点で、呪われて命を落とす。物理攻撃は効かない、デバイスであってもだ」


 海難法師は思念の塊なものだから実体がなく、殴っても撃っても効かない。しかも会ってしまったらどこまでも追いかけてくる得体のしれない奴なのだ。早く追い払わないと、冗談抜きで護衛鑑の乗組員が全滅しかねない。


「な、何者なんですかそいつ」

「あれは妖怪というより亡霊に近い存在だからな。凶暴な海坊主たちですら気味悪がっていたろう」


 妖怪にも人間と同じように、性格があったり感情があったりするのだが、海難法師はただひたすらに恨みの塊のような存在だ。


 かつて村人にだまされて嵐の日に海にでた領主の魂であるとか、海で死んだ亡者たちの集まりだなど、その存在理由には諸説あるがまだはっきりしていない。


 共通しているのは非常に強い能力の持ち主で、姿を見せただけで人間を殺せるという反則すれすれ……いや、アウトな能力の持ち主だということだ。冬、一月二十四日にやってきて人を狩るのだと葵は聞いていたのに、天逆毎あまのざこはいったいどんな手を使って呼び寄せたのだろう。


「倒せないんだよね」

「ああ、絶対に」

「じゃあどうするのさっ」


 小兎が叫んだ。海難法師の櫂の音を聞き続けている彼女は、もう顔が真っ青になっている。葵は彼女の肩を叩きながら、わざとのんびりと話した。


「帰っていただくしかないだろうなあ」

「き、祈祷でもしようか?」


 小兎が胸の前で十字を切ったが、海難法師が見ても「なんだそれは」と言うだけだろうな、と葵は思った。そもそもキリスト教など知ってはいまい。


「いや、もっと現実的にいく。うちから持ってくる装備がないと何もできんが」

「……間に合うの?」


 怜香が怪訝けげんな顔をする。無理もない、失敗すれば全員死亡と葵が言ってしまったのだから。


「準備が整いさえすれば、数分でつくんだが」

「ずいぶん早いわね。船で?」

「ヘリニ機」


 葵が指を二本立ててみる。怜香がなぜか強烈に引いていた。


「相変わらず、個人にしてはおかしいくらいの設備持ってるわね」

「中東にはジェット機持ってる家だってあるんだぞ。うちなんかたいそうササヤカに暮らしている」

「へえええええ」


 怜香がじろりと葵をにらむ。形勢不利を悟った葵は目をそらした。


『一尉、聞こえるか』

「どうした」


 護衛鑑からせっぱ詰まった声が聞こえる。葵は急いで返事をした。


『こちら護衛鑑さざなみ。操舵室に何者かが侵入している!』

「まずい、目を閉じろ」

『……う、あ、ぎゃああああああ』


 操舵室に敵が入ったという以外はなにも聞けぬまま、航海長の絶叫がこだました。忠告が間に合わず、葵は唇をかむ。侵入者の気配を感じ、責任感から正体を確かめようとしたのだろう。操舵室にいたほかの船員たちが、かすれる声で報告を続けた。


『な、何かが俺の後ろにずっといるんだ』

『水音がする』

『い、いま、まぶたをなめたのは誰だっ』


 無線の先から、船員たちの悲痛な声が聞こえてきた。葵が見るなと指示しても、次々と声が減っていく。妖怪の気配がよほど強いのだろう。


 船員たちの背後で時々、かたかたかた……と何かがうごめく音がする。この惨状を見て、奴は笑っていやがる。根拠は何もないが、葵はそう思った。


『く、首が、い、い』

『うわあああああ』


 残った船員たちも逃がすまいと、海難法師の行為はどんどんエスカレートしていく。自分の周りにあるすべての命を奪い尽くすまで満足しないやつなのだ。


「全滅するのを黙って見てはいられない、俺がいく」


 海難法師には実体がないため、鍵をかけて閉じこもったところで無駄だ。あと数分で応援物資が到着するはずだが、このままではさざなみの乗組員が何人残るかわかったものではない。

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