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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
異界からのシシャ
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運命の転換点

「わりとすぐ着いたわね」

「まあ、十階分くらい地中に潜ってるだけですから。階段は侵入者を防ぐために迷路みたくなってますけどね」

「ああ、それであの時反対したのね」


 階段の話を持ち出した時の、指宿いぶすきの激しすぎる反応はそういうことか。猫田ねこたはようやく得心がいってうなずいた。


「そうですよ。正しい道順を通らないと、無駄にぐるぐる回るだけですからね。前に迷った時、一万段昇り下りやっても出口につかなくて泣きました」

「……数えたの」

「一万以上はもう考えるのをやめましたけどね。捜索隊に見つけてもらわなかったら、気が変になってましたよ」


 指宿はけらけら笑って言うが、魂が抜けた人間が長い階段の途中でぽつりと座り込んでいる姿を想像すると、猫田の肝が冷えた。


「で、どこを掃除すればいいのかしら」


 嫌な想像を振り払うように、指宿に聞く。彼女は面倒くさそうに、どこからにしましょうかねえと気のない返事をした。


「なにせ、どこも汚いのに機密だからとか言っていじらせてくんないですからねー。一番奥のロッカールームあたりからいきましょか」


 ほうきを持ちながら、二人でてくてくと廊下を歩く。時々軍人めいた体格のいい男とすれ違い、そのたびに猫田は相手の表情をちらちらと見た。残念なことに、皆血色もよく特に不満そうな様子はない。


 富永とみながの家にいたころは、徹夜明けの青白い顔をした軍人や科学者たちがそこここにいたものだが、ここではそんなものは一人もいない。堂々とエロ本を広げながら廊下を歩く男までいて、猫田は顔をしかめた。


 廊下の最奥までたどりつき、指宿は右手にあった十数センチはありそうな鋼鉄の扉を押し開く。


「はいはい、いつものお掃除ですよ! どいたどいた!」


 入口から大声でそう言うやいなや、指宿はどかどかと遠慮なしに踏み入っていく。たちまち室内から、


「うおっ、なんだ」

「着替えが済むまで待てよ」

「おい、俺のパンツ踏むな! ばか、ゴミじゃねえっての」


と口々に抗議の声があがった。猫田はなんとなく肩をすくめながら後に続いた。


 扉の中は私兵たちの休憩室になっているらしく、ずらりと同じ形の真四角のロッカーが並んでいる。さすがに目も当てられないほど汚くはないが、あちらこちらにある給茶器の受け口にはうっすら水アカがついていた。


 男所帯だから仕方がないのだろうが、汗のにおいがたちこめていてむっとする。猫田は腰につけていた消臭スプレーを噴射し、床をまんべんなく掃き清めていく。開けっ放しになっていたロッカーの扉は容赦なくしめていき、蛇口という蛇口をかたっぱしから磨きまくった。


「おおー、すごいすごい」


 指宿は相変わらずゆるゆると動きながら、猫田を褒めたたえた。猫田は無言のまま、ぶっきらぼうに会釈する。


「なんか機嫌悪くなってますねえ、猫田さん。変わったことでもありました? え、ない? ならいいんですけどー」


 指宿は一方的に喋りながら、誰かが残していったであろうクッキーの残りをぱくりと飲み込んだ。猫田はもうとがめる気も起きず、黙々とゴミをまとめ始めた。


 そろそろ帰ろうか、と猫田が言いかけた時、うおううおう、と地下にサイレンの音が鳴り響いた。弛緩した空気が一気に引き締まり、私兵たちがさっきまでとはうってかわって機敏な動きで部屋を飛び出していく。


「やだ、また侵入者あ? 猫田さん、逃げますよ! ぼーっとしてないで!」


 さっきまで自分がぼーっとしていたくせに、指宿は急にしゃっきりと背筋を伸ばして走り出した。置いていかれてはたまらないとばかりに、猫田も慌てて後を追う。


 廊下はさっきとはうってかわって、行きかう人たちでごったがえしていた。猫田は必死で首を左右に振り、指宿の名を呼ぶ。彼女から返事はなかったが、指宿が小部屋のひとつに飛び込んだのを猫田はようやく見つけた。


「ああもう、こういう時だけ素早いんだから」


 愚痴をこぼしながら、ようやく小部屋に滑りこんで猫田は大きく息をついた。頭をあげると、目の前にはびっしり青色のモニターが並んでいる。ざっと見ただけでも百台はありそうだ。館内のカメラと連絡しているらしく、走り回る人の姿があちらこちらのモニターに映っている。


「誰もいませんねえ。ちょっとまぶしいけど」

「勝手に入っちゃ駄目でしょう」

「緊急時、緊急時」


 そう言えば何でも許されるかのように、指宿は椅子を動かして座り込んだ。まだ外ではサイレンが鳴り続けているのに、妙に神経の太い娘だ。


「あれ、猫田さんどこ行くんですか」

「ちょっと外の様子を……」

「今出たらかえって危ないですって。いざとなったら外に出られる通路もありますから、ここにいる方がいいですよ」


 人気がなくなった分調べ回るのにいいかと思ったが、指宿にそう言われてしまうと無理に出るわけにもいかない。猫田は後輩という立場を恨めしく思った。


 猫田がじりじりしながら待っていると、サイレンがぴたりとやんだ。ずいぶん長く感じられたが、時計を見てみるとサイレンが鳴っていたのは実質十分間くらいだった。


「あ、やんだ。外見てきます」


 指宿が子供のような顔をして、ぱっと椅子から立ち上がる。猫田が止める暇もなく、モニタールームから飛び出していった。


「全く……」


 猫田はぼやきかけて、はたと気づいた。指宿がいなくなったということは、降ってわいたような情報収集のチャンスだった。猫田はモニターに目をやり、この地下施設の情報を一つでも集めようと意識を集中させた。


(どうにかして、カメラを動かせないかしら)


 猫田は椅子にすわり、複数並んだボタンに目をやる。残念ながら操作説明まではない。適当に押してみるしか仕方なかった。


(まあ、やってみましょ。なにか起こっても、よろけて肘でも当たったと言えばいいわ)


 まず手始めに、左右二つある四角い大きなボタンを押してみる。右半分のモニターがいきなり真っ暗になり、猫田は顔をひきつらせた。幸い、もう一度押してみると再度点灯したので、胸をなでおろす。モニターの電源スイッチだったようだ。


 次は大きなレバーを倒してみると、モニターの画像角度が変わった。手動でカメラの角度を変える機能のようだが、いくら回しても不審なものは発見できない。


 少し焦れてきて、丸いボタンをいくつか押してみた。その途端、モニターが一斉にノイズに包まれ、部屋の中が一気に薄暗くなる。


「な、なに?」


 猫田は呆然と画面を見つめた。砂嵐はすぐに消えたが、モニターに映っている画像はさっきと似ても似つかない。どうしたのだろうと画面を見つめた猫田は、凍りついたようにそこから動けなくなった。


「これは」


 猫田は魅入られたようにひとつのモニターを見つめる。きつく握りしめた猫田の拳に、自身の爪が食い込んだ。画面に大きく映っていたのは、数隻の船。船体に大きく口を開けて吠える紅い獅子の紋章が刻まれている。富永家の紋章だ。


 数名のツナギ姿の作業員が、船の間をせわしなく動き回っている。彼らの話し声が、猫田の耳に飛び込んできた。


『おい、早くしろ。あと数隻引きあげが来るんだからな』


 猫田は大きく息を吸い込みながら、彼女と富永家の将来を大きく変えるであろう映像にじっと見入った。 


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