どこでもいつもの三人組
『レーダーの画像から妖怪種特定。確定できたのは磯撫で、サザエ鬼、磯女。大型種のうち三体は牛鬼。他一体は確認中、おそらく海坊主』
「おーおー、強そうなのが来とるやんけ」
やっと葵とのつねり合いをやめた大和が腕組みしながら笑う。葵は頬をさすりながら、大和が個々の妖怪のスペックなど暗記しているはずはない、勘で言っているのだろうと苦々しく思っていた。……勘の割に当たっているのが癪に障る。
「で、牛鬼って何や」
大和は何のためらいもなく聞いてきた。葵はやっぱりな、と小さく呟いてから話し始める。
「牛の頭に鬼の体、または変異種として蜘蛛の体を持つ個体も確認されている。人肉を好み性格は一般的にきわめて凶暴。うっかり殺すと、殺した人間が次の牛鬼になるとも言われている」
「……まあ、戦うのはええわ。とどめはお前に任せたで」
「ほう。人が牛鬼になってもいいと? 戦闘が始まったら貴様を背中から撃ってやる」
しばらく、葵と大和は無言でにらみあった。男同士で顔を数センチ離して見つめあった経験はなかったが、とりあえず不毛な行為であることはわかった。MPがすさまじい勢いで削られる。
「デバイス部隊の戦術は大きく変わりなさそう。磯付近の小型種は他に任せて、飛行部隊と大型種の掃討かな。大和君は牛鬼とやりあうかもね」
見かねたのか、怜香が助け船を出すようにぽつりとつぶやいた。
「なんか、毎回同じようなことやっとるなあ、俺。たまには変わったことがしたいわ」
大和がまたアホなことを言っている、と葵は車の天井を見ながら思った。奇抜な行動をしないのは、それが正攻法に勝ることなど滅多にないからだ。まともな戦術は映画と違ってつまらないものと決まっている。
「そんなに自信があるなら、お前一人で勝手にやれ」
「お、言うたなー。結果楽しみにしとれよ」
「馬鹿、本気な訳ないだろうが」
完全に嫌味で言ったのに大和には通じなかったようだ。全く困った、と葵は両手をあげて背もたれに全体重を預ける。
「坊っちゃま、まもなく人工島エリアに入ります」
道田に言われ、葵は顔を正面に戻した。大きく曲がりくねった道路を抜けると、正面に真っ赤な橋げたの大きな橋が見える。海上にかけられた一本の道が、新たな陸地への入り口だった。
交通規制がしかれているため、ただでさえ広い道路を走っているのは葵たちののっている車だけだった。道田は遠慮なくスピードをあげ、スピードメーターはあっという間に百キロを超えた。
戦場に行くにはふさわしくないほど、天気は良かった。太陽はもうすっかり頭上まできて、灰色の海に白い光を落としている。今はまだ何もなくゆらゆらと揺れる海面だが、数十分後には砲弾と残骸と死体が波に揺られていることだろう。
『敵、前衛部隊と接触。交戦開始。第三班、急げ』
無線が何度も同じ要請をする。道田がもっとスピードを上げますかと聞いてきたが、すでにスピードメーターは百二十キロを超えている。葵は首を横に振った。
「始まってもうたがな」
大和がつまらなそうに口をとがらせる。車は橋を渡りきり、人工島の倉庫街が見えてきていた。
「第三班人工島に到着。至急現場に向かいます」
『急げよ。かなり前衛が攻め込まれてる』
葵がようやく返事をすると、無線がせかしてきた。
「いつもの倉庫まででよろしいんで?」
「頼む。第三倉庫までついたら離脱しろ。橋が落ちると、陸路では帰れなくなるぞ」
へえ、と道田は答えて更にスピードをあげた。装甲車がうなりをあげ、弾丸のようにかっとんでいく。
常人であればここまでくるだけでも断固拒否するだろうに、まことに神経が太い。ボーナスはずんでやるかと葵は思った。
目的の倉庫についた。ここは倉庫といっても、軍事施設の一つだった。容易に敵に近づかれないよう迷路のように無機質な金属の壁が周りをぐるりと取り囲んでいた。内情を知らぬまま飛び込めば、袋小路に迷い込む。無論単なる行き止まりではなく、爆薬や鉄槍も望めばおまけでついてくる。
葵たちは装甲車から装備をせっせと取り出して身につける。携行品だけでもけっこうな重さだ。ぐずぐずしていると道田が脱出できなくなるので、自然と三人の動きがはやくなる。
「お、軍服の色が普段とちゃうな」
用意された軍服を見て、大和が言う。普段はくすんだグリーンの迷彩柄なのに、今回は白色のぴしっとしたシャツに黒のズボン。スーツに似て、ネクタイもついている。葵と怜香はタイまできっちりしめたが、大和はぐしゃぐしゃに丸めてポケットにつっこんだ。
「今回は海の上だから、海自の制服なんじゃない? いつものより布が高級な気はするけど」
「うちが作ったからな」
怜香の問いに葵がぼそりと答える。げ、と大和が顔をしかめてシャツのボタンをはずし始めた。
「なぜ脱ぐ」
「嫌な予感がするわ」
「言っとくが、それが嫌なら真っ裸で戦場に行くことになるぞ」
葵が冷たく言い放つ。大和は「絶対何かあるんや」と呟きながら、しぶしぶ制服を元に戻した。
葵たちが装備を全て身につけてあわただしく倉庫を出ると、無線が再び鳴り出す。
『第三班、至急第七・八班の援護に回れ』
「怜香、七・八班の位置確認」
「もうやってる」
怜香が携帯端末を素早く取り出し、画面上に表示された味方部隊の位置を探っている。彼女の指先がぴたりと止まり、細い喉からため息がもれた。
「……また、これは極端な配置ね。最前線よ、覚悟はいい?」
「いつでもどうぞ」
葵が茶化すと、怜香はにっこり笑う。しかし割り切れないものがあるようで、葵にまた話しかけてきた。
「これも誰かの意志のたまものかしら?」
「そう。どこかの誰かの、な。死んでくれればと言うより死ね寄りの意志」
葵はどこの誰かまでかははっきり言わなかったが、怜香は確実に意図するところを読み取っていた。
「因果な血筋ね。親子三代で殺しあってる相手だから、無理もないけど」
「今からでも他の班に行くか」
葵が言うと、怜香は目を見開いた。
「それは冗談?」
「冗談以外の何に聞こえる」
「真顔で言われると冗談に聞こえないのよね」
怜香はふくれて、葵をじっと見ている。葵は軽く彼女の頭をなでて詫びた。怜香は少し照れて顔をそむける。そこでようやく、異変に気づいたように体を固くした。
「……あれ、大和くんがいない」
「ああ、あいつならさっき出てったぞ」
「気づいてたんなら何で止めないのよ!」
葵が淡々と言うと、怜香が珍しく本気で怒った。しかし、葵は彼女に背を向けたまま通路の一角を見ている。
「そろそろか。あっちから戻ってくるから捕獲しとけ」
「え?」
葵が指さした方向を、怜香がいぶかしげに眼を細めて見つめた。
「おおおおおおお」
葵が指さしたまさにその先から、エネルギーを持て余した様子の大和が全力疾走してきた。本人は戦場へ駆けだしていくつもりだったらしく、ぽかんとした顔で首をひねっている。
「戻ってきたか猿。チーム行動だからな、一人で突っ走るなよ」
葵に言われて、むっとした顔で大和が黙り込む。怜香が眉を上げて葵に聞いてきた。
「どうして戻ってくるってわかったの? 大和君、勘はいいから戦場へ行っちゃうかもしれなかったのに」
「通路の出口がふさがってるからな。ぐるっと回って最短距離で戻ってきたら、この道から出てくることになる」
「まあ、選択肢がなきゃ選びようがないものね。それでもきっちり最短距離で戻ってきたのはさすがだけど」
怜香が妙な感心のしかたをした。葵はため息をつきながら、二人に向き直る。
「行くぞ」
葵が入口横のキーボードに、慣れた手つきで番号を打ち込む。しばしの沈黙の後、音もなく滑るように倉庫を取り巻いていた壁が開いた。
「まっすぐ進めば最短だ。行くぞ」
葵が言うと、大和が真っ先に走り出し、怜香がそれを追う。一番足の遅い葵が殿をつとめることになった。
『いなづまが浸水、まもなく鑑は転覆する見込み』
不吉な無線が葵の耳に飛び込んできた。葵は舌打ちしながら話しかける。




