緊急出動!
「猫田からの定期報告です。まだあまり屋敷内を勝手に移動はできないようですが、母屋と家屋の配置を送ってきました」
葛城が貴之の部屋で、報告書をまくりあげる。とっぷりと夜は更けていたが、二人ともこの時間帯が一番気楽だった。貴之の挙動にうるさい甲烈が飲みに出ていることが多いため、ちくちくと嫌みを言われなくて済むからだ。
「うん、猫田は頑張ってくれているな。……武藤の送りこんだスパイたちはどうなっている?」
「残念ながら即バレたようですな。甲烈さまのスキャンダルを捜せ、というどうでもいい指示を押しつけられ、体よく屋敷から追い払われていますよ」
葛城の答えを聞いて、やっぱりなあと貴之は顔をしかめた。気苦労の多い次期当主を慰めるように、葛城が貴之の肩を叩く。
「まあ、良いではありませんか。彼らのおかげで猫田が目立たないのですから」
「確かにな。同じ家が二つに割れていることが、成功の要因とは皮肉な話だが。今後、彼女はどう動く?」
「無線や電話の盗聴と、屋敷の使用人からの聞き込みを続けてもらうことになるでしょう。ただ、あまりぐずぐずもしていられませんので、多少強引な手段も使ってよい、とは言ってあります」
葛城の目がきらりと光った。一瞬宿った老執事の殺気に、貴之は少したじろぐ。
「加減を間違えないだろうな。人殺しまでしてしまうと、目立つぞ。彼女はもともと諜報部の人間ではないんだろう?」
「そこはまあ、教え込みましたからな。それに、彼女はある道のプロですから。うまくやるでしょう」
葛城がそこまで言うのなら、彼女の腕は確かだろう。貴之は諜報を彼女に一任することに決め、今は自分の仕事をすることにした。
ラフな作業着に着替え、貴之は自分のバイクに乗りこんだ。父は「そんなチャラチャラしたものに乗りおって」と顔をしかめるばかりだが、貴之はまったく気にしなかった。小回りが利いて狭い道も通れる、何より体全体で風を切る爽快感は他の乗り物では味わえない。
だだっ広い敷地に、横に長いビルが建っている。ビルの壁はくたびれ、そろそろ補修が必要だと無言で貴之に訴えかけてくる。夜が更けても、窓ガラスからぼんやりと明かりが漏れていた。
貴之はそっと音をたてないように、ビルに入りこむ。整備隊の作業員が黙々と溶接をしており、火花が飛んでいた。ハンマーをうつ音がそこここから聞こえてくる。作業員の多くは戦車の下部に潜りこんでいるため、貴之は何も言わずに彼らが出てくるまで待つことにした。
「た、貴之さま?」
たまたま戦車の下から出てきた作業員が、貴之を見つけて眼をむく。作業員たちが驚きの声をあげ、集まってきた。
「大変だな」
作業員たちの顔色はお世辞にもいいとは言えない。三千院家の引き抜きで、腕のいい作業員が数名抜けてしまった穴がまだ埋まっていないのだ。そのくせ親父が要求する生産ラインは下がらないままなので、皆が無理をしている。貴之の口からは、自然とねぎらいの言葉が出てきた。
「はあ、まあ……人が早く来てくれると、ありがたいんですがね」
「出来るだけ早く補充する。すまん、もう少しだから」
三千院に勝ちさえすれば、あちらから優秀な整備員を引き抜いてくることも可能だ。それまでは何とか彼らの心をつなぎ止めておかねばならない。金も休みも出せない現状では、彼らの良心に訴えるしかなかった。
それからも貴之はバイクで敷地内を走り回り、まだ残っている部署の慰問に走り回った。ようやく回り終わった時にはもう夜が明け始め、バイクの燃料が残り少なくなっていた。瞼がくっつきそうな疲労に負けまいと、空に向かってわぁっと吠える。
「おい、何をしておる」
貴之の背後から、酒でがらがらになった甲烈の怒鳴り声が聞こえてきた。振り向くと、黒塗りのベンツがぴたりと停車し、後部座席の窓があいていた。そこから、ぬっと甲烈が顔を出す。
「ちょっと、飛ばしただけ」
「つまらん。そんな不安定な乗り物なんぞ、さっさと売ってしまえ」
甲烈はそれだけがなり立てると、するすると窓を閉めた。貴之の反論を聞く気はないようだ。窓が閉まりきる前に、祈愛が甲烈にしなだれかかっているのがちらりと見える。カメラを持っていればよかったと貴之は悔やんだ。母に見せてやったらさぞや面白いことになっただろう。
甲烈に、バイクより自分の家の不安定さを心配しろ、と言ってみたらどんな顔をするだろうか。怒るかもしれないが、それよりも笑い飛ばされそうな気がして、貴之は寒気がした。
沈もうとしている船の上で、そうとも知らず美酒に酔う愚かな船長。そんな船長ならば、死んでくれた方が船にとっては都合がいい。
貴之は甲烈の車が走り去った方角をじっと見すえ、唇をかみしめた。
奇妙な女の侵入から四日がたった。最初は学校を休んで警戒していた葵だったが、さっぱりあの女が現れないので、昨日から通学を再開していた。
葵は教室の中でおとなしく椅子に腰掛けている。当てても答えられないことはないと教師もわかっているので、授業中にさされることはもはや皆無。静かにさえしていればなにをしていようが自由だった。おかげで佐久間にもらった妖怪の資料もだいぶ前に読み終えてしまった。
することもないので葵が教科書も開かず、頭の中で軍人将棋をこねくり回し、敵の元帥をとったところで携帯が激しく振動し始めた。
『三千院一尉、出動命令が入っている。人工島西区域、沖合数百キロ地点に多数敵影あり。三十分以内に、近隣部隊との交戦開始予定。即時、第三班を集合させ指揮をとれ。集合地点は地図上にすでに表示されている』
「了解。装備を補充したらすぐに向かう」
葵は通信を切って、運転手の道田に車を校門前まで移動させるよう指示を出す。三つ前の座席に目をやると、怜香が携帯から耳を離したところだった。
「行くぞ」
「支部に寄る?」
「装備なら車の中だ。直行する」
「わかった。大和くんは? 待たなきゃ」
「どこかで拾う」
怜香と短い会話を交わし、葵は荷物を抱えて立ちあがる。クラスメイトも教師も、最初は葵と怜香が飛び出していくことに戸惑っていたが、もうすっかり慣れたようだ。止める声はどこからも聞こえなかった。
「銃は携行するの」
「敵編成を聞いてからだ」
三千院家の黒い鉄固まりのような四角いフォルムをした装甲車が、校門前にうなりをあげて滑りこんできた。ドアが開き、葵は車内に目をやった。
「おっそいでー」
すでに乗り込んでいた大和が二人を出迎える。大和の向こう臑を蹴ってやってから葵は座席に座り込んだ。
「人の家の車で態度がデカい」
「だからって蹴るなや。お前が買うたんちゃうやろ」
大和がお返しだとばかりに葵の頭をはたいてくる。地味に痛いのが腹立たしい。葵と大和は、しばらくぽかぽかと車内で殴り合った。
「第三班そろいました。軍用の無線をつないでください。敵編成が知りたいの」
「出発しますねー」
男二人の小競り合いなどもう見飽きたのだろう、動き出した車内で怜香は葵たちを見もせずに、運転手の道田に声をかけた。道田もベテランだから、はいよと言って素直に無線を入れる。
『敵影確認。大型海洋妖怪四体、小型種多数。上空を小型飛行型が飛行中』
「人間の戦艦と飛行機戦術のまねか。小賢しい」
葵が無線を聞きながら言う。大和と頬をつねりあっていても、軍関係の情報はすぐに耳に飛び込んできた。
「飛行部隊を全滅させるのが先ね」
怜香が葵に同意する。つねり合っている男たちのことはどうでもよさそうだ。




