使わなくても手数は増やせ
「当たり前だ。これ以上人材と資源を無駄遣いされるわけにはいかん。死ぬなら自分ひとりで地獄へ沈んでもらおうか」
殺気立つ息子と孫を見て、かかと巌が笑う声がする。
「決行、結構ってか。ちと予定より早いがのう。ま、少し根回しと金回しを多めにすりゃ問題なかろうて。昴、ぬかるなよ」
「それはいいよ。問題はね、根回しすればあっちも三千院家の意図してることに気づくってところなんだよな。配下がまるきりバカばっかりってわけでもなし。どうする、葵」
「簡単なこと。躍らせ乗らせ泳がせて、調子に乗ったところで防げないくらいの徹底的な一撃にて粉砕する。骨どころか欠片も残さん」
葵がきっぱり言い放つと、巌と昴が笑った。顔立ちと体格はさっぱり似ていないのに、笑った時の雰囲気は何故か似ている。
「葵、何が欲しい」
「とりあえず猛兄と響姉はこっちによこせ。あと、直接戦闘に参加できるデバイス使いをできるだけ確保。富永は、Sクラスの能力者を飼ってるそうだからな」
「それに関しては心配するない。とっときの隠し玉を呼んである」
巌が大きく胸を張る。ほう、たいした自信だと葵はつぶやいた。
「どこの支部からだ? 国内にそうそうSクラスはいないはずだが」
「アメリカ」
「ああ……」
葵は深く納得した。そうか、あいつが帰ってくるのか。昔は、巌と昴は、あのアホみたいに軍事予算を持ってる国相手に何をやっているのだろうと思っていたが、それがようやく日本に戻ってくる。帰国時期を聞いたものの、いくら質問しても、二人とも詳しいことが分かったら教えてやるよとしか言わない。仕方なく葵は諦めて、母屋の方へきびすを返した。
「姉貴ー。響姉―。仕事だぞー」
「響は死んだ、もういない」
「じゃあ今返事したの誰だよ。あっコラ、布団に潜るな」
散らかりに散らかりまくった響の部屋で、葵は苦戦していた。床にはペットボトルや脱ぎ捨てられた洋服が散乱し、その上に食べかけのポテトチップスの袋が絶妙なバランスで載っている。食いきればいいのに、ポテトチップスはどれもあと数口のところで放置されているのが余計に腹が立つ。
「幻想世界のエルフたち」というゲームソフトの箱をあけた響が、「もっさりドワーフの穴掘りライフ」というディスクをつまみ上げた。まさか、ソフトの中身と外箱が一致していないのか。葵は過呼吸を起こしそうになって踏みとどまる。
「ゲームをやめろ!」
「仕事の気分じゃない」
「十八にもなってゴロゴロしても可愛くないからな。それ以上ゴネたら、全ハードディスク没収するぞ」
「ふん」
葵がにらみつけても、響はどこ吹く風で画面上のドワーフを動かしている。見渡す限りおっさんのドワーフしかいないが、誰が楽しいんだこのゲーム。
「言っとくが、ヨソに飛ばしてるヤバめのデータの存在知らないと思うなよ」
「……」
バックアップのデータまで巻き込んで葵が脅すと、響はようやく万年床に潜っていた頭を出した。
なんだかんだ言って、自作のデータには愛着があるということだろう。しかし、体は相変わらず布団の中にめり込んでいる。葵はじろりとねめつけたが、どう頑張ってもこれ以上は無理そうだった。
「ま、始めようぜ。話さえ聞いてりゃ問題ないだろ。しっかし響、もうちょい片付けろ。嫁にいけねーぞ」
葵と違って、猛はさして気にした様子もなく床をかきまわす。地層のように積み重なった響の私物を押しのけると、ようやく大人二人座れるくらいのスペースができた。
「で、何するの。情報部以外の仕事はしたくない。契約外」
「富永家を潰す。こちらの思い通りに動いてくれれば一発で決まると思うが、万全を期したい。弱みがあれば全て集めろ」
葵が言うと、響がぷっと頬を膨らませる。もうやってるじゃない、と彼女の顔にしっかり書いてあった。
「足りないの?」
「あればあるほどいい。富永を短期で沈めないと、有能な人間がどんどん現場で殺される。デバイスを失うのも痛いが、適性持ってる人間が死ぬのが一番痛い。人材がスカスカになったら、また成長するまで十数年待たなきゃならん」
「じゃ、女関係のスキャンダル暴露するのは駄目だな。賛否が分かれて短期決着には程遠い」
猛が髭をいじりながら言う。葵は頷いた。
「汚職か背信行為……なるたけ大きいやつ」
響が意外といいところをついてきた。
「……ネットでやる人間は少ないけど」
「そういうのはアナログな手法が多いからな。有名なのは羊羹の箱に札束ってやつか? 響より俺の方が向いてるかもしれん」
「期待してるよ、兄貴。まあ、使うことはないかもしれんが」
「じゃあ」
自分には関係ないと決め込んで、響が寝始めた。葵は布団をめくりあげて彼女を廊下へ放り出す。ちょうどいいから一度洗ってもらうがいい、シーツの色が変わっているではないか。
「ぐふっ……ぐうぐう」
「寝るなナマケモノ」
「変わんねーなあ響も……」
かけ布団がなくなっても寝そべっている響を見て、猛がため息をつきながら立ちあがった。そのまますたすたと廊下に向かって歩いていき、開いていた窓に向かって立つ。
眩しいなあと一言愚痴を言って、ポケットからハンカチを出した。猛をよく知らない人間が見たら、見た目に反して几帳面なのねとでも思ったかもしれない。
しかし、猛が取り出したハンカチはみるみる目が粗くなり、あっと言う間に布から網に変化した。そして、その一つ一つの目からぞろぞろと米粒ほどの黒い虫が這い出してくる。気の弱い女子が見たら失神しそうな光景だ。
「神虫の調子はどうだ」
「上々」
葵が聞くと、猛は鼻歌を歌いながら答えた。
小虫たちはお行儀よく猛の前にひと塊になって鎮座している。女より虫を愛して止まないマニアの猛は、子供でも見るような慈悲に満ちた顔でその様子を見下ろしている。配偶者の理解と言う点では、響よりも相手が見つかりにくいかもしれない。
「よし、行ってこい」
猛が一言号令をかけると、虫たちは窓の外へ一斉に消えて行った。元が小さいので、ばらけるとまたたく間に見えなくなる。
「大したものだ。あれが全部、兄貴の手足か」
葵はぽつりとつぶやいた。猛は巌には劣るものの、家内ではず抜けて体格が良い。しかし、得たデバイスは肉体能力とは何の関係もなかった。デバイスから発生した虫たちが得た情報を、全て操り手である猛が知ることができるのだ。
先の護衛艦の沈没の状況を知ったのも、虫をもぐりこませていたからだろう。人間がとてもではないが入り込めない細かい隙間にも昆虫ならば入り込めるし、危なくなればさっと飛んで逃げてくることができる。
ハッキングだけなら響が強いが、コンピュータを介さない内密の話や、電子情報が制限された密閉に近い空間というのもかなり存在しているものだ。かくして、猛は二十一にして世界中を駆け回る諜報員となり、年単位で家に帰ってこなくなっていた。
「後は、待ちだな。早いとこネタがつかめればいいが」
「ジジイと親父が動くって言ってたからな。それに合わせて向こうが余計なことをしてくれればいい」
葵はさして大変だとも思わず、さらりと言った。猛はそううまくいくかねえ、と慎重さをみせる。
「そうそう余計なことをすると思うか? あっちだって伊達に歴史が長いわけじゃねえ。それに、葛城がいるぞ」
「葛城、ねえ」
猛が出してきた名前に葵は反応する。




