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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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鉄拳制裁!

 結局、体力が切れかかったあおいが何回か糸をふるって妖怪たちを地面に押し倒し、部下たちが銃で急所をねらうということを数回繰り返した。


 小競り合いを数回繰り返した後に、葵と部下たちは脱落者を出すことなく目的地に到着した。目標地点で、別部隊が装備の点検をしている。


 ひと仕事終わって息をついていた後方部隊の面々は、急に目を血走らせて現れた一行を見て顔をしかめた。さらに、人垣の中から葵が現れると全員が目をむいた。


「な、なにか不手際でも」

「いや、新たにやってほしいことができたので来ただけだ」


 葵はその後、部下に背負われたまま動き回った。一同から怪訝けげんな顔で見られたが、今は効率が最優先である。




 技術者がひっきりなしに走り回り、細かい調整が終わったと告げてくる。葵は貸してもらった双眼鏡を持ちながら、満足そうにうなずいた。


「これからなにが起こるのですか」


 葵を背負った部下の声が聞こえてくる。


「待ってろ、もうすぐだ」


 これから起こる変化は、少し離れたここから見ても十分わかるはずだった。


 妙に静かになった。隊員たちが時々唾をのむ。ごくりという音が四回聞こえた時、待ち望んだ瞬間が訪れた。


「きた」


 葵の口から声が漏れる。待ち望んだ兆候がついに現れたのだ。


 少しくすんだ立塚の灰色の校舎が、くらりと揺れた。葵の周りから、「地震か?」という声が挙がる。


 その声はすぐ聞こえなくなった。校舎から、離れた場所からでもはっきり分かるほどの炎の渦が吹き出てきたからだ。葵は双眼鏡越しに、校舎の壁が黒く焦げて崩れ落ちるのを見た。


 葵は双眼鏡を目から外す。もはや原型がなくなった壁を踏み越え、のたうつ長い紐と二つの点が出てきた。大きな点が先行し、校舎からどんどん離れていく。そのすぐ後から、やや小さな点が後を追う。


「あれは?」

「長い方が敵だ。点はうちのじじいと鷹司たかつかさの坊ちゃん」


 鷹司の名を聞き、部下がひっと息をのんだ。早く指示を、と声が上がる。しかし葵は浮き立った空気の中、傲然と胸を張り言い放つ。


「びびるな。もう少し待て。俺の合図で作戦開始だ」







三千院さんぜんいんさん」

「何じゃ鷹司の」

「残念なお知らせがあります」

「へえ」

「耳ほじりながら言わないでください」


 隼人はやとは呑気ないわおの背中に向かって怒鳴る。その声は、這い出てきた清姫の怒りの咆哮にかき消された。


「防火札がもう残っていません。早く決着をお願いします!」


 隼人が、巌の背中に向かって怒鳴りつける。前にそびえ立つ巌が、わかったと言いたげに右手をあげた。


 狭い校舎からうねり出た清姫が炎を吐く。炎に向かって進み出た巌だったが、胸元の札がじりじりと茶色く焦げるのを見て、振り上げた拳を下ろす。どん、と地面を蹴って紅蓮の一撃から逃れた。


 清姫は器用に体をくねらせ、巌を追ってきた。ホースの中の水が移動するように、小刻みに体が前へ進む。ぐっと縮むと、次の瞬間にはもう飛びかかってきた。


「おっと」


 昔、腐るほど見てきたヘビ型の妖怪たちの動きを思い出しながら、巌は清姫をかわす。大きく開け放たれた口の中は、毒々しい紫色をしていた。牙が左右に二本ずつあるほかは、歯らしいものはない。


 巌の胸に張り付いていた札が、より一層茶色に焦げて行く。もう少しで真っ黒になりそうだ。巌は軽く舌打ちをする。


「くっ」


 隼人が忌々しげに、指でさっと円を描く。指の軌道が再び始点に戻った瞬間、隼人の周りを衛星のように巡回していた数枚の白札が巌のもとへ飛んでいく。


 純白の札は、焦げて崩れ落ちる寸前だった札がいたところへぴたりとへばりついた。


「スペアか」

「おかげで僕は丸腰です。早く勝ってくださいね」


 脅しをかけている口とは裏腹に、隼人はにっこりとほほえむ。うちの孫とは違うタイプだがこいつも末恐ろしい、と巌はつぶやいた。


「じゃあご期待に応えてそろそろしまいにするかの」


 巌はにたりと口の端をつり上げて笑う。清姫が追ってくるのを見ながら、一気に走り出した。

速い、と隼人の口から言葉がこぼれ落ちる。巨大な体があっと言う間に隼人の視界から消えていく。


 隼人が一度見たことのある、プロのランナーの走りとなんら遜色ないどころか、それをはるかに超えている。葵が『あれは人の皮かぶったモビルスーツ』と言っていたのは嘘ではなかったのだ。


 しばらく豆粒大になった巌に見入っていたが、隼人は急に強烈な圧力を感じた。寒気が背筋を這い上がり、首筋をなめる。


 圧力の正体はすぐに知れた。さっきまで小さくなる一方だった清姫が、だんだん大きくなっている。尾がこちらを向いていたはずが、今や不気味に光る二つの目が隼人をにらみすえている。


 巌と自分、二人の距離があいた。かたや百メートル六秒台の筋肉の固まり、かたや札切れのひ弱な呪術師。この状況でどちらが倒しやすそうに見えるかは一目瞭然だった。隼人が清姫の立場だったとしても、間違いなく弱そうな自分を殺して頭数を減らそうとするだろう。清姫は間違ってはいない。


「だが、最適でもない」


 隼人は息を吐いて、自分に言い聞かせるようにそう言った。清姫はもう数メートル先まできていて、大きく口をあけて地獄の業火を放とうとしている。隼人はく、と両の瞼を閉じた。


 ずん、と地面がかしいだ。隼人は数歩足を動かして体を支える。かしましい叫び声を聞きながら、閉じた目を静かに開いた。


 瞳に光が入り、視界が白くかすむ。目の前に苦痛にのたうつ蛇の巨体があった。女の肌を思わせる白い腹が見えて、妙になまめかしい。


 怒り狂う清姫の牙から逃れるため、数歩下がる。


 離れたことで、巨大な蛇の身になにが起こったのかよく見ることができた。さっきまで獲物を絡めとろうとうねっていた尾が、巨大な石で押しつぶされている。岩には「忍耐」と白文字で大きく刻まれていた。よく校則や校歌が刻まれた岩が学校内にあるが、あれを持ってきたのかと隼人はため息をつく。

 

 清姫が力まかせに岩を振り落とそうと、左右に体をよじる。鬼気迫る怒りに負け、わずかにず、と巨石が動いた。


「おっと」


しかし、清姫のかせがはずれる前に、背後から巌の影がぬっと現れた。清姫の首元を後ろから左手でがっちりとつかみ、力の限り締めあげる。


「ちーと手こずらせてくれたのう」


 清姫の口から苦悶の声が漏れる。それを聞きながら、巌は淡々と語った。


「ま、儂を後回しにしたのが運の尽きじゃなあ。おかげで悠々、重石を探しにいけたわい」

「貴様あああ」

「お、さすがは元人間。少し人の言葉も思い出したか。しかし喋ることに芸がないの」


 巌は呵々と大笑いしながら、空いている右手を大きく振りあげた。


「やめ……」


 不穏な気配を察した清姫が声をはりあげる。やめてと頼んでいたのか、やめろと命令していたのか。清姫が言い終わる前に、彼女の脳天に巌の拳がめりこんだため、永遠にそれはわからなかった。


 巌の拳は、体に応じて大きい。その鉄拳をまともにくらった清姫の頭部はまるで薄い鉄板のように折れ曲がり、原形をとどめていなかった。

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