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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
133/675

信頼とは暑苦しきものなり

敵は中庭に陣取っていた。大きなとぐろを巻いた蛇の姿が見える。ぬらぬらとうろこがきらめいているのが不気味だ。しかし、頭部からは女の黒々とした髪がしっかり生えている。手が生えているようには見えないから、頭部だけ人間のものなのだろう。


あおいはとりあえず自分には気づかれていないことを確認した。中庭では、隼人はやといわおが蛇を相手に忙しく立ち回っている。すでに二人とも札を体に張り付けており、準備に抜かりはないようだった。


 ただ、さすがに蛇の吐く炎は高温すぎるのか、一度かすめただけで防火の札が茶色く変色し、二発目が当たればもはや黒い塵となって消えていく。そのため隼人は後方からしょっちゅう防火の札を補充せねばならなくなっており、実質戦えているのは巌一人である。


 蛇の攻撃手段は主に二つ。頭からガラスすら溶かす火を噴くか、しっぽでコンクリートをまるまるこそげとるような打撃を加えるか。どちらもやっかいな上に、器用に頭をねらえば尾が獲物を骨ごとたたきつぶそうとうなりをあげ、尾をつぶそうとすれば頭の火炎に焼かれて跡形もなく溶けてしまうだろう。


 かといってなにもない腹をねらっても、頭と尾が両方届く間合いのため文字通り袋だたきにあうのは確実だ。この場合骨も残るまい。


 さて、どうするかな。葵は首をひねった。その間にも、巌は器用に蛇の一撃をかわして尾に近づいた。が、頭の方にねらわれていることを察知したためあわてて飛びすさる。


 葵は、その様子をしばらくみていたが、不意にぽんと糸を使い、中庭に降り立った。わざと砂利じきのところを狙って飛び降りたので、がりっと足下で派手な音が鳴る。


 蛇が素早く物音を聞きつけて振り向いた。それより早く、葵は糸を蛇本体に絡みつかせる。しかし、蛇は糸などなかったかのように動き回る。よく見ると、本体がひとつ身じろぎしただけであっけなく糸が切られていた。


 蛇が少しだけ頭をこちらに向ける。首から下は完全に蛇の鱗で覆われているが、顔だけは人間の肌で、白く妙につるつるしていた。そこにまっすぐに引かれた赤い紅の唇が、にやりとつり上がる。


 どうやら、初手で葵は大したことのない相手だと思われたらしい。それっきり、蛇の視界から葵は消えた。不意をつこうと走ってみたが、胴体に近づくこともできない。


 蛇は巌の動きに合わせひょいひょいと位置を変える。結局葵の運動神経では、ダメージを与えるどころか逃げ回るのが精一杯だった。


 こちらを見失ってくれれば少しは有利になるかと思い、遮蔽物を求めて校舎内に入り込む。巌も片目でちらっとこちらを見た後、葵の意図を察したのか校舎に飛び込んできた。


 ごうと熱波が押し寄せた。ガラスが割れ、窓枠がひしゃげる。札は火気に対する防御にはなっても、飛んでくる物体に対しては無力なため、飛び散ったガラスがヘルメットに当たってかちりと堅い音をたてた。


 蛇は最初、こちらの様子をうかがっていた。すぐには校舎内に飛び込んでこない。


 が、一番最後までそばにいた隼人がなにやらしゃべりかけると、血相を変えてこちらへ向かってつっこんできた。


「何をしゃべった」

「捨てられた女は惨めだね、と」

「……清姫きよひめによくそう言えたもんだ」

「僕の本意ではないよ」


 隼人は本意ではなかったろう。が、怒り狂った女の化身、清姫にはそんなことがわかるわけもない。さっきの倍ほどの早さでのたうち始めたため、葵は致命傷を負わないように逃げ回るだけで精一杯になった。


「っ!」


 清姫の尾に当たって、巨大な教卓が宙を飛ぶ。他の机に当たって不規則にはねた教卓は、葵の背中を直撃した。目の前が真っ暗になり、鈍い痛みが背から首を通って全身に伝わる。足から力が抜け、教室の茶色い床がぐうんと近づいてきた。


「危ない」


 ぐいと隼人が葵の襟首をつかむ。完全に持ち上げられず、下半身はまだ地面をずりずり引きずっている。じじいなら片手で軽々持ち上げたろうが、この状況で助けてくれただけでもありがたい。


 がらりと教室のドアが開く音がする。机が散乱し、足下が悪くなってきた教室から隼人は撤退を決めたらしい。


「歩けるかい」

「なんとか」


 少し時間がたったおかげで、葵の足に感覚が戻ってきた。教室の中をみると、巌は鞍馬天狗よろしく机の上をひょいひょい飛び回っている。あれだけの筋肉にくっついてくるはずの重量はどこへいったのだろう、と葵は首をひねる。


「後は僕たち二人でなんとかする。君は足手まといだから撤退しなさい」

「わかった。俺も他ですることがある」


 足手まといとまで言われたのに、葵はえらくあっさりと受け入れた。隼人が不思議そうな顔をした。


「君、少年らしくないねえ」

「聞き飽きました」

「……早く行っておいで。はい、防御札」


 隼人がしっしと犬を追うような仕草をする。駄賃だと言わんばかりに投げられた札を受け取り、葵は隼人に近づいた。


「これから、俺がどう動くか聞いておいてほしい」


 ひととおり喋り、隼人が頷いたのを見て、葵はまだふらつく足で校舎の外に出た。もうほとんど体力は残っていない。校舎玄関まで一体も妖怪に出会わなかったのは、幸運以外の何物でもなかった。


「あっ、一尉」

三千院さんぜんいん一尉だ」


 校舎を出たところで、さっき別れた部下たちと合流できた。ふっと一瞬気がゆるみ、葵は足に込めていた力を抜いてしまった。とたんにめまいが起こり、頭から転ぶ前にあわててしゃがみこむ。


 葵の様子を見て、みんな一斉に駆け寄ってきた。救護の手配をしてくれる声がする。まだ意識がある相手に過保護なことだが、ありがたい。


「手当はいい。まだやることがある」

「それは一尉でなくてはできないことですか」


 葵はふいと顔を上げた。言葉は浮かんでいるのに、舌がまだついてこない。沈黙を続ける葵の様子を見て、部下たちはさらに前のめりになった。


「お任せください」

「無理だ。指示の変更や細かい調整がある。俺が現地に行かねばどうにもならん」


 葵はそこまで一気に言い切り、少しバツが悪くなってこう添えた。脳裏にふっと隼人の顔が浮かぶ。好意は受け取れ、か。


「……気を使ってくれるのは本当にありがたい。だが、俺でなくてはだめなのだ」


 これを聞いた部下たちは互いに顔を見合わせた。そして何かを確かめるように頷き合う。


「ならば、私たちにも案があります」


 言うが早いか、一人群を抜いて引き締まった体つきをした隊員が進み出る。そのままさっと葵を背負った。続いて、周りの部下たちが盾をかまえて周りを囲む。


「このまま一尉のおっしゃるところへ参ります。さ、ご指示を」


 今やすっかり抵抗する手段を失った葵は、部下の背中で苦笑いをもらした。すっかり根負けし、ぼそぼそと小声で指示を飛ばす。


 部下が動き出し、周りの景色があっと言う間に変わり始めた。葵としては護衛にデバイス使いが欲しかったのだが、見たところ合流した形跡はない。じいさんと隼人をとってしまったゼイタクな班に、よこす応援などないということだろう。


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