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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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再会の涙

「グラウンド中央に敵降下、全部隊退避せよ」

「司令部了解。全隊速やかにグラウンドから撤退せよ、繰り返す」


 ひびきの無線から各班へ連絡が入る。低い声、高い声、かすれ声。様々な声で了解、と返事が入った。和泉いずみはたっぷり一呼吸してから、人さし指をくるりと回す。地面と平行だった屋根が百八十度度回転し、コワイがいる側が下になった。


 和泉はそのまま、ぱんと両手で一つ柏手をうつ。途端、突然羽がないのを自覚したように、屋根がぐらりとかしぐ。そのまま一直線に地面へ激突した。


 土埃があがる。視界が黄色い砂の幕で覆われ、飛んできた細かい砂利がマスクに当たってかちかちと跳ねる音がする。


「生徒の安全確認、ガス被爆の兆候があれば病院に搬送してくれ」


 ようやく少し視界が開けてきたところで、和泉が口を開く。


「了解」


 響が即座に答えた。それとほぼ同時に、都たちの後方から、軍用車が一台フルスピードで滑りこんでくる。その車から、マスクと防護服を着用した隊員たちがわらわらと降りてきた。生徒達は彼らに任せた方がよさそうだ。


「コワイにとどめは必要やろか」

「油断はしない方がいいかと」


 和泉に聞かれた怜香れいかが冷静に言う。みやこも同意し、刀に手をかけたまま体育館の残骸へ近づいていく。


 曲がった鉄骨がぼこぼこと突き出て、うっかりすると足をとられそうになる。べり、と音がしたので振り向くと、都の紅い袴が飛び出た破片に引っかかって派手に破れていた。


「む」


 気にいっていたのに、と都は頬を膨らませる。その様子を見た和泉が笑った。


「いたわ」


 先を歩いていた怜香が声をあげる。都は慌てて怜香の声がする方へ走った。


 大人がようやく抱えられるほど太い鉄骨の下に、びくびくと動きまわる球体が見える。それがコワイの頭だった。体は完全に鉄骨の下敷きになっており、腕はちぎれて前方に飛んでいる。自由になるのは頭部のみのようだ。


 コワイの口がもぐもぐと動く。ガスを吐こうとしているのか、助けを請いたいのか。都は想像をめぐらせた。


 コワイが大きく口を開き、内部が見えた。中に何か、肉片がくわえこまれている。その正体に気付いた時、都は背中に氷を入れられたように縮みあがった。


――この状況で、食っている。自分の腕を。


 追いつめられた時、彼に残ったのは悲しみでも怒りでもなく、ただ喰らいたいという欲のみ。何よりも深い底なしの谷に、昔の人は恐怖を覚えて彼を『コワイ』と呼んだのだろうか。


 ひゅ、と都の目の前を銀の光が走り抜けていく。銀の乙女の表情が心なしか、欲の塊を憐れむように歪んでいた。


 都は体に血しぶきがかからないよう、一歩後ろに退く。どすんと重い音が響き、ひとつの命が終わりを告げる。最後に大きく、コワイの口からほうと安堵に似た息が漏れる音がした。








「うらっ」


 大和やまとの振った崑がうなる。しつこく絡みついてこようとする触手を近づけまいと、空を切る。あまり振り回すと疲れるだけだ。が、触手がまとわりついてくると骨までへし折られるのがわかっているので、振り回さざるをえないのだ。


 地面から無数に生えてくる触手をかわしながら、攻め時を待つ。すると、大和の祈りが通じたかのように、地の果てからずうんと大きな音が響いた。一瞬そちらに気をとられ、触手の動きが鈍くなる。


 大和は地を蹴り、空を飛んだ。


 根元を狙った突きは外れたが、そのまま昆をはね上げると側頭部に命中した。ばしり、と確かな手応えがある。


 ダメージをくらったせいか、敵のつるりとした頭部が姿を現した。そのままずぶ、と右半分が地面にめりこむ。


 奴は逃げようとしていると、大和が気づいたときにはすでに遅し。ぐにゃり、とくねったまま地中に消えていった球体を後目に、ちっと舌打ちをすることしかできなかった。


「つまらんな」


 相手は最初から撤退する気だったのだから、逃げられて当たり前だが、殴りあう気まんまんだった大和にとってはとんだ肩すかしである。


「残念。でも、今回は仕方ないね」


 狒狒ひひの相手をしていた瀬島が、ケルピーに乗りながら大和の方へやってきた。


「まあな」


 見た目こそふざけていたが、あの妖怪は強かった。相手の気がそれなければ、こちらがやられていた可能性もある。大和は音のした方向を見てみたが、一体何で出た音かは分からなかった。とりあえず心の中でこっそり手を合わせておく。


 妖怪たちはあっという間に姿を消していた。無線も順調に作戦が展開していることを伝えており、鈴華はもうすぐ妖怪の支配下から解放されそうだ。安心したら肩の力が抜け、大和は息を吐いた。


「後は、あっちやな」


 立塚たちつかがどうなっているか、大和には見当もつかない。だが、意外と不安はなかった。


「まあ、殺しても死にそうにないのが行っとるからな」


 そう、つぶやいて瀬島のもとへ戻っていった。安心したら腹の虫がぐうと音をたてる。


「お?」


 瀬島の傍らに、さっきまでいなかった青年が立っていた。走ってきたのか、息が切れている。余裕のなさそうな青年の姿を見て、大和は満面の笑みを浮かべた。


「兄貴やないか。そない急いでどうしたんや」

「やかましわアホ」

「さっきもおったな。もしかして心配しとった?」


 わざと茶化しながら、兄の顔を覗き込んだ。数年前に身長を抜いたので、兄の顔が少し下にある。見つめた目は、うさぎのように赤かった。


「……兄貴、泣いとんの」

「悪いかドアホ」


 ぼそりと吐き捨てて、和泉は大和の背中をはたいた。大和も黙って、和泉がはたくに任せた。

瀬島が何も言わずそっと立ち去る足音が、大和の耳に心地よく響いた。






「おかしいな」


 あおいは顔をしかめた。ぬえたちと交戦前に校舎へ行かせた、いくつかの班から連絡が途切れている。


「なにか、いる。まだ巨大な存在が」

「ああ、さっきから感じる。気味悪いのー」


 全員何か不吉なものを感じて身を震わせた次の瞬間、目前の教室の中がまるまる燃え上がった。煙はあまりない、爆発ではなく、すさまじい熱でガラスや窓枠が飴のように溶けてくにゃりと折れ曲がる。


「な」


 全員、一瞬言葉を失う。しかし、まず真っ先に経験豊富ないわおがきびすを返して走り出す。


 続いて隼人はやとが走る。足がやられた葵は最後になった。


 気づけば、周りの隊員たちが盾をかまえ、自分を守るようにして走っている。指示をした覚えは、葵にはなかった。いつの間に、そんなにまでしてくれるようになったのやら。


 葵はそんな部下たちを頼もしく思いつつも、新たに命令を下す。


「ここから先には近づくな」

「一尉!」

「ほかの部隊に合流しろ。異論は認めん」

「しかし」

「足手まといだ。わからんか。ここの人質は絶望的だろう。この上さらに犠牲者を増やしたくはない。行け」


 葵はわざとはっきり言い放つ。隊員たちはしばらく目を見合わせた後、敬礼をした。


「一尉。どうかご無事で」


 葵は無言で頷く。それから早く行け、とだめ押しのように顎をしゃくった。


 部下たちが廊下を遠ざかる足音を耳で聞きながら、教室に近づく。さっき青年に貼ってもらった火気封じの札はまだ残っている。しかし、ここまで高温の炎にどこまで通用するだろうか。


 燃えた教室にそのまま入ると、敵からは格好の的になる。葵は二階へ通じる階段をかけあがり、窓から下の様子をのぞき込んだ。


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