心つなげて放てよ一閃
ではなぜ、と球体は聞きたそうな顔をしたが、口には出さなかった。
「姿はなくても、おまえらは幽霊とちゃう。体温がある。呼吸もしとる。それなら、読めるわ」
それならば都もさっきやっていた。が、球体の隠れ方は非常にうまく、とてもではないが大和のように短時間では発見できない。天性の勘か、と少しその才能をうらやましく思った。
「なんでここにおる。大方の妖怪は、壁が破られた時点で退却をはじめとったはずやがな」
「……まだ若いもんが残っておる。誰か、殿が必要であろうが」
「見上げた根性や。惜しいなあ。敵の立場で会ってしもうたのが」
「ふん、お前に褒められても嬉しくないわい」
大和と信玄餅は皮肉を交わし合いながら相対している。さて、どう動いたものかと都は首をひねった。
「都ちゃん!」
都が対応を決めかねているところへ、後ろから怜香の声が聞こえてきた。ようやくデバイスが見つかったのか。ならば、狙うべきはこの妖怪よりコワイの方だ。
「ここは僕たちに任せて」
瀬島が胸を張る。
「行け!」
大和が吼える。
都と怜香はくるりと背を向け、走る。響の声が、目標が東に向かって移動しているとぶっきらぼうに告げてきた。
和泉だけがちらりと大和を振りかえり、
「死ぬなよ」
と言った。
「いた」
走りながら、都の口から思わず声が漏れた。見逃しようのない、ぼろ切れの端っこが、一瞬だけ渡り廊下の入り口にのぞく。都は愛刀を片手に走った。怜香がすぐに横に並ぶ。コワイは校舎を覗き込んでいたが、諦めたようにひょいと顔をあげて飛び去った。
何故侵入しなかったのか? 都は疑問に思い、学び舎を覗き込んだ。校舎への入り口が、ぽっかりと目の前にあいている。
「ここから入れたじゃろうに」
「開いているから不適なんや。ガスを吸わすなら、密閉空間が一番都合がええ」
追いついてきた和泉が言う。都は納得し、再び三人で走り出した。
「壁が破られていなければ、校舎まるごと密閉空間だったわけだから……さぞコワイにとっては良い状況だったでしょう」
怜香がため息をつく。かなりの速度で走っているのに、会話できているのは普段の訓練の賜物といえた。
「密閉空間、というと」
「コンサートホールが一番良かったやろうな。だが、コワイがそこに着いた時にはもう人質が解放されてしまっとった」
「残っている場所で、最も密室に近いのは……」
「おそらく体育館」
怜香がつぶやくと、つなぎっぱなしだった無線から響の声がした。それだ、と都の勘が告げている。
「姉上、体育館へ誘導してください!」
響に向かって都が叫ぶ。他の場所を検討し、迷っている時間はない。早く追いつかねば、百人単位で死人が増えて行く。
「前方にテニスコートが見えます」
「左に進んで。硝子屋根のプールが見えてくる。その隣が体育館」
「了解」
周囲の風景に注意をはらいながら進むと、丸いドーム状のガラス屋根が見えてきた。
「あれか! 丸い硝子屋根!」
「鈴華の温水プールみたい。間違いない。敵は近いわ」
三人は一丸となってプールの前を通り過ぎる。硝子屋根越しに、もうひとつの大きな蒲鉾形の屋根が見えてきた。
「もう中に入ってしまったかのう」
「中じゃない。神経ガスは空気より重いんや。高い所から撒けば自然に落ちる」
「内部カメラ、敵影確認できず」
響の無線が、和泉の発言と重なる。都と怜香は、自然と頭を上げコワイの姿を捜した。
「あそこじゃ!」
都は、体育館の屋根の上にコワイの姿を見つけた。ぼろ切れが、ずるりずるりとゆっくり移動していく。その動きはひどくゆるやかだった。気づかれるはずがないと思っているのと、さっき撃たれたのと両方だろう。
都たちの足音を聞きつけて、体育館の陰からぞろぞろと大きな蝦蟇が這い出して、一行を取り囲む。一瞬で三人は敵と判別されたらしく、蝦蟇たちは体を大きく膨らませ、ぶうぶうと口をとがらせて体液を飛ばしてくる。
ばしゃりと地面に落ちた紫色の体液は、すぐに黒い煙をたてはじめた。マスクがなければ吸いこんでしまっていただろう。
「時間がないわね。私は蝦蟇を」
「承知。コワイを引き離す」
「好きにし。後始末はやる」
三人は短い言葉を交わし合い、役割を確認した。
「まずは私が」
怜香が、指輪をつけた左手を前に差し出す。白銀の乙女が、出番を待ちかねたようにさっと躍り出た。彼女の手には、身長より長いきらめく大槍がしっかりと握られている。
戦乙女が蝦蟇の集団の中へ押し入っていく。毒液がいっせいに彼女めがけて降り注いだが、ものともせずに槍を肩の上に構え、一気に突きおろした。
槍で串刺しになった蝦蟇の口から、ぎゅるぎゅると泡が漏れる。次いで、行き場を失った体液がごぼごぼと溢れて腐った魚のような匂いがした。巨大な蝦蟇の体は硬直し、槍が刺さったままその場に止め置かれている。
乙女は刺さった槍を放置してもう一度右手を振る。その手に再び、輝く槍が現れた。乙女を取り囲んでいた蝦蟇たちが、怯えたように一歩後ろに下がった。
蝦蟇の円陣にばらばらと隙間ができた。都はぐるりと周りを見て、一番広い隙間に向かって突進する。示し合わせたわけでもないのに、和泉も同じ道を通ってきた。
「お役目、引き受けた」
ようやく、都が刀に手をかける時がきた。鏡のような刀身を握る、妙に不安定な気分がなぜか心地よかった。深い呼吸をひとつする。走ることで騒がしかった喉が、しんと静まった。
都の精神が安定するにつれ、刀身が長く、研ぎすまされていく。その伸びた美しい抜き身が、獲物を的確にとらえた。
機会はただ一度のみ。
望むところだ。
なんの抵抗もなく、都が最後の一動作まできれいに振り切った次の瞬間。
体育館の上三分の一、そこにぴしりと一本墨でひいたような線が入る。じり、と横一線に蒲鉾屋根が滑り始めた。異変に気付いたコワイが飛ぼうとしたが、切られた屋根はずりずりと重力に従い滑り落ちて行く。
「最後は俺やな」
和泉が左腕を差し出した。制服の下から、ちらりと白いシャツが覗いている。中央についていた深緑のカフスボタンがちかりと光った。
急に黒いものが目の前を横切り、都は慌てて手で払う。
「髪の毛?」
異物が自分の髪の毛であることに気付き、都は顔をしかめた。さっきまで落ちついていた前髪が、うねうねとのたくっている。
耳からごうごうと音が聞こえてきて、ようやく何が起こっているかが分かった。風だ。さっきまでの無風状態はどこへいったのか、広い校舎をなでるように大きな空気の渦ができている。顔を上げると、落下し始めた屋根が風に支えられて空中に浮いている。飛び降りようとしていたコワイが逃げ場を失い、神経質な鳴き声が大きくなる。
都は和泉を見た。彼がくいくいと指を動かすたび、大気がうなり屋根とコワイをゆらゆらと運んでいく。そのまま、プールを飛び越えて行った。
「プールの向こうはグラウンドのはずやな。落とすぞ」
「了解」
和泉がつながったままの無線に向かって話しかける。響の答えはすぐに返ってきた。




