残る命と散る命
血の匂いが漂う中央通路で、大和とゴーライは睨みあっている。すでにゴーライの部下たちはもの言わぬ屍と化している。
トレンチコートの男は部下を引き連れて、他の校舎へ向かっていた。霧島と数名の機動隊員だけが万が一に備え、大和の戦いの行方を見守っている。
ゴーライは槌を両手で持ち、刀を持つように体の前に差し出している。大和は昆を縦に持ち、いつ相手が動き出すかとじっと前方を見据えている。
唾をのむ音が聞こえるくらいの静寂。それを打ち破ったのは、大和の方だった。
縦にしていた昆を、自分の体の右横へ大きく回す。ゴーライが槌を振り上げるより早く、昆の先がゴーライのみぞおちをぴたりととらえた。
大和の動きは止まらない。すかさず膝を落とし、かがみこむ。昆の後ろ側が大きく沈みこんだことで、自然ともう一方が跳ね上がる。いきなり目前にあらわれた異物にとまどい、ゴーライの動きが一瞬止まった。それでもゴーライは反射的に、直撃を避けようと頭を左へひねった。
かわされても大和は慌てない。そもそも狙いは顔面ではなかった。
昆を持つ手が回転する。左に避けたことで無防備になった、ゴーライの右側頭部を昆が狙いうつ。
「ぐっ」
ゴーライの体がぐらりと揺れる。昆の直撃をうけた即頭部が陥没しているが、まだ目は殺気を放っていた。
頑丈やな、と大和は内心で舌打ちをする。弱い種族ならこれだけでカタがついたりするのだが。
しゃがみこんだゴーライに追い打ちをかけるべく、大和は歩を進める。相手の体勢が低いうちに、無防備な左足に向かって昆を叩き込む。骨の砕けるめしゃ、という鈍い音がした。
ゴーライが一瞬後ろにのけぞった。槌を持ち上げようと、両腕に力を入れる。太い腕の表面にぐっと血管らしき筋が浮いた。
大和はゴーライの腕を見ていた。槌の動きは気にならない。見るべきは、ゴーライの両腕の間にできた円のみ。
ふっ、と息を吐いて体を沈め、相手の腕と腕の間――無防備な円状の空間に昆を一気に押し込んだ。あっという間に昆の先が、ゴーライの顎をとらえる。大和は勢いを殺さないよう、ただまっすぐに昆を押し切った。
巨体が飛ばされ、ステージに落ちて行く。どすん、という低音と漂う血のにおいを確認し、大和はゴーライに近づいていった。
「最後に言うとくことはあるか」
ゴーライは何か言おうとしたのか口を開け閉めしたが、結局なにも言葉にはせず首を横に振る。顎の骨が砕けているので、もう数個の言葉をひねり出すのすら面倒なのか。
「さよか」
大和は昆を構えなおし、ゴーライの額目掛けて降りおろした。昆が額に触れる前、その最後の一瞬に大和とゴーライの目が合う。
「?」
強烈な違和感を感じた。が、大和の昆はもう止まらない。
一撃。
大和は息を整える。ゴーライの目が白く濁っているのを確認し、構えを解いた。それから頭を一つ降り、ステージを降りる。
イッポンダタラたちの死体が多いせいで、階段を下りるたびにむっと血の匂いがきつくなる。大和の足の下で、血を吸った絨毯がぐじゅりと嫌な音をたてた。
「お疲れ様」
霧島からねぎらいの言葉がかかる。うす、と大和は一礼を返す。首領が死んだことで、ホール内に漂っていた緊張が少しほどけた。今までほとんど聞こえていなかった隊員たちの話し声が響いてきた。
霧島の後ろで、トレンチ男がじっと腕を組み大和を睨みつけている。
「俺なにかやらかしたか? 心当たりないんやけど」
「首領を倒したと言うのに、不満顔だな」
トレンチが口を開いた。彼の顔は相変わらずむっつりしている。
「はあ。お互いさまで」
「どうした」
「いや、あいつが……最後に、笑いよったもんで」
「笑った?」
大和は記憶を掘り起こす。そう、確かにゴーライが死ぬ前、彼は笑っていた。
「負けを認めての、武人としての笑いだろう」
「……いや、そんなさわやかな笑いちゃうんですよ。人を小馬鹿にしたような感じで。お前ら、何も知らんのやなって見下したような」
「一瞬で随分読み取ったものだ」
ふん、とトレンチ男が鼻を鳴らした。嫌なやっちゃ、と思った大和はこっそりと舌を出す。
「武人の直感はそう捨てたものでもないかもね」
「え?」
霧島が大和を擁護すると、トレンチ男は目をかっと見開いて、もじもじとうろたえた。乙女ならさぞかし様になろうが、死神テイストの中年だとどうにもいただけない。
「き、霧島さんがそうおっしゃるなら」
「頑張れやトレンチ」
何かを察した大和が男の肩に手をやる。男はその手を振り払い、叫んだ。
「俺はトレンチではなく長谷川だ!」
「頑張れや長谷川」
「何を頑張るの? 早く次の現場に行くわよ」
霧島が話に入ってきたので、中年の恋物語はひとまずここで終わった。大和は悪い予感を胸に抱きつつも、入ってきた応援要請をこなすためにホールを飛び出した。
怜香たちはまだ敵と人質の残る校舎に向かって突進した。広い玄関ロビーは、びっしょりと血で濡れていた。血のにおいに慣れていない若い隊員たちが顔をしかめている。鼻をすする音がそこここから聞こえてきた。
「一方的ね」
怜香が呟く。見渡す限り、転がっている屍はすべて妖怪のものである。死角から近づき、一瞬で室内を制圧したのだろう。
ここの主だったであろう、黒焦げになった大きな古狸の死体を横目に見ながら、一行は前進する。
「玄関および一階は確保完了しているとの報告が」
「そう……よかったわ、手際がよくて」
「内部情報があるからですよ。あるとないとでは雲泥の差です」
怜香があらためて響の存在の大きさに感謝しているところで、報告が入ってきた。
「二階制圧完了」
「三階制圧完了」
部下が早口で負傷者の有無を訪ねる。自力で降りられないけが人が一人いる、ということで衛生兵が担架をかつぎ、二段飛ばしで階段を駆けあがっていった。
「しかし早いわね……」
もう少し頑強な抵抗を予想していた怜香は首をかしげる。もちろん早いに越したことはないのだが、こうあっさりしていると違和感を感じるのも事実だ。
「引き際がきれいです、憎たらしいほどに」
よく通る若い男の声が聞こえた。階段を下りてきた人物と、怜香の目線がかちあう。
「桜井二尉。ここの制圧は、あなたが?」
「ええ。幸いうまくいきました。久世三尉、よく無事で」
お互い、敬礼をする。桜井は大らかな性格で、怜香の素性を知ってもあっけらかんとしていた数少ない人物だったため、怜香は好感を持っている。
「首謀者の首はあがりましたか」
「これといって強そうな妖怪はいませんでした。もちろん天逆毎にも会わなかったし」
「そうですか……やはり、彼は壁が壊された瞬間に、この作戦に見切りをつけてしまったようですね」
桜井は気落ちしたように壁にもたれかかった。
「本当に逃げ足の早いことで。とりあえず、天逆毎は無理でも現場の指揮官クラスの妖怪は残っているものと思っていたんだけど、それすらいなかった。窓が破られていたので、そこから逃走したものと思われます」
怜香はさっきの子供のことか、とぴんときた。




